26 Storys 〜居候〜
「ほら晃汰、帰るよ!」
白石と衛藤はお互いの胸の内を明かすことにより、各々感じていた”卒業”が少しだけ軽くなった気がしていた。 しなければいけないモノという位置づけは変わってないが、そのことに関して悩んでいる人間が少なからずいるという認識は、二人を確実に重圧から解放したのである。 そして彼女たちは、今は晃汰の細長い身体を介抱しているのである。
「ねえ美彩、晃汰の家とかってわからないよね・・・?」
テーブルに突っ伏す晃汰を必死に揺り起こす白石が、向かいの衛藤に訊ねる。
「うん・・・ いまグループで聞いてみてるんだけど、誰も知らなそう」
スマホを両手で持つ衛藤の表情は曇っている。
少し経ち、やっとギタリストが目覚めた。 だが酔いが激しいようで、戻したりはしないのだが、歩くので精一杯という様子である。
「私、連れて帰っちゃおうかな。 近くだし」
ふと、衛藤がボソッと呟き、冷たい水を飲んでいた晃汰はむせた。
「・・・そうだね、このまま帰すの怖いし、私も泊っていい?」
白石は首を縦に振りながら、衛藤の眼を見る。
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ! 俺なら帰れますから、大丈夫ですって・・・」
必死にかぶりを振った。 だが、衛藤と白石は冷たい眼をしていた。
「あのねぇ、今の今までダウンしてて、千鳥足で歩く二十歳を帰せると思ってんの? これで晃汰が事故でも起こされちゃうと、私たちの責任になっちゃうんだよ?」
衛藤が普段見せないような真剣な眼を晃汰に向ける。 正常に思考が働かない頭でも、晃汰はしっかりとビー玉のような衛藤のその眼を見る。 有無を言わせない、確固たる強い意志がその眼に現れていた。
「・・・すいません、お世話になります」
晃汰は諦めて肩を落とし、衛藤はにっこりと笑ってタクシーを手配した。
衛藤の部屋は、都内のタワーマンションの一室だった。 時間も時間だったから、近所の人間の眼を気にすることなく部屋に入り込めた。
「はい、アクエリ」
ソファに晃汰を座らせた衛藤は、冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクを持ってきて彼に手渡した。 そして、もう一方のてにはアルコール度数5%のサワー缶が握られていた。
「美彩センパイ、まだ飲むんですか!?」
虚ろな眼でも、しっかりと晃汰は衛藤が持つ缶を認識していた。 ギタリストのそんな言葉も気にせず、衛藤は喉を鳴らして胃にアルコールを流し込む。
「えぇ!? 美彩また飲むの!?」
少し遅れて衛藤の部屋に入ってきた白石も、晃汰と同じようなリアクションを見せる。
「晃汰のお世話で喉乾いちゃった。 これだけよ」
晃汰と白石はやれやれといった表情で目を合わせた。
その後、白石が最初にバスルームへと向かった。 だいぶ酔いがさめてきた晃汰ではあったが、今度は激しい頭痛に襲われている。 気を利かせた衛藤が、濡れタオルを晃汰の額においてやった。
「本当にお酒弱いんだねぇ」
年下男子をかわいがるような典型的な口調で、衛藤は晃汰の頭を撫でる。
「美彩センパイ、一応言っときますけど、俺、男ですよ? 本当に泊めてもらってもいいんですか?」
ふらつく頭でも、晃汰は気を遣うことを忘れない。
「いいのよ、晃汰のことソウイウ事する子だと思ってないし。 それに、晃汰となら寝てもいいし・・・」
「え!?」
「フフフ、冗談だよ。 可愛いなぁ」
衛藤の大人すぎるジョークに、まだ子供な晃汰はアタフタすることしかできない。
「でさでさ、彼女とはどこまでいったのよ?」
衛藤は興味津々で晃汰たちの事の成り行きが気になるようで、彼の頭を撫でながら衛藤は訊ねる。
「え〜・・・ ちょっと深いキスまでですよ」
晃汰は隠す様子もなく、あっさりと答える。 衛藤は少しショックなようである。
「え、その先は?」
あんたはアイドルだろ と晃汰は突っ込みたかったが、飲み込んで続ける。
「まだです。 なので、まだ未経験です」
衛藤は口元を両手で覆い、目をひん剥いている。 よほど彼女にとっては予想外だったようである。
「じゃあまだ誰も抱いたことがないのかぁ」
そう言って、衛藤は二本目の缶をいい音をさせて開ける。 晃汰はもう何も言わない。
「私は高校生の頃から芸能活動してるから、彼氏はいたことないし恋愛もしたことないし・・・ 正直、すごい羨ましいなぁ」
衛藤は甘い声で晃汰の顔に自身の顔を近づける。 対する晃汰は、息をのんで彼女を見つめる。
「美彩センパイ、呑みすぎですよ。 少しは自重してください」
晃汰は衛藤に警告する。 そんな衛藤と晃汰の顔は徐々に近づくが、ここで衛藤がとうとう力尽き、晃汰の胸に頭だけを乗せる形で寝落ちした。 ソファに寝転がる晃汰の胸に衛藤が頭をのせ、傍から見ればもはやカップルである。
「ハァ〜気持ちよかった。 美彩、お先〜」
そこへタイミング悪く、白石がバスルームから戻ってきた。 そして、二人の姿をしっかりと見てしまったのである。
「晃汰、まさか・・・」