AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第11章 Generation
97 Storys 〜大阪〜
 歴史の教科書では『天下の台所』と表記される地域に乃木坂46の軍団が降り立った。東京からの長時間のフライトもなんのその、メンバー達は爽やかな笑顔を携えて到着ゲートをくぐる。

「地元や〜!!」

 久しぶりの帰省といった具合に、松村沙友理が両腕を伸ばす。

「帰ってきましたね〜」

 同じく大阪出身の四期生・早川も同意する。ちょっと昔はもっと大阪出身者がいたのになと、晃汰は少しだけ卒業生達の後ろ姿を思い出してしまった。すると、晃汰の後ろを歩いていた白石が彼の背中にタックルをした。

「なんか背中が寂しそうだったから」

 渋い目で自身を睨む晃汰に、白石は涼しい顔で返事をする。

 スーツケースを転がして空港を颯爽と歩く集団に、他の利用客達は自然と一歩下がって道を開ける。殆どのメンバーが変装をしていないので、何処の誰かなどすぐに分かってしまう。ましてや、あまりにも名前と顔が知られてしまったギタリストが同行しているとなると、看板を掲げて歩いているに等しい。

「騒がれるのは好きじゃないんだよな」

 用意されたバスに乗り込み、晃汰は窓の外のファンに手を振りながら呟く。

「そんなこと言って、ライヴだと誰よりも目立ってるじゃん」

 後から晃汰の隣に座った同い年の樋口が、彼の背中目掛けて言い放った。何も言い返せない晃汰は、樋口にちょっかいを出してから席についた。すぐさまiPadを取り出して作業を始めるも、晃汰は樋口の肩に寄りかかって寝息を立て始めた。そんな彼を樋口は優しく微笑みながら、タブレットが落ちぬようそっと晃汰のカバンにしまってやった。
 
 不快な身体の振動で晃汰は目覚めた。窓とは違う、柔らかくそして良い匂いがするのは、樋口の肩にもたれていたと悟り、晃汰は身体を立て直す。すると隣の樋口も、大きな欠伸をしながら両腕を伸ばす。樋口越しで通路の方に晃汰は眼をやると、美脚を存分に活かしたミニスカートといった出で立ちの高山が立っていた。

「着いたよ!二人して仲良く寝てるんだから!」

 晃汰と樋口を起こしたのは紛れもなく高山だった。周囲の座席をぐるりと晃汰は見渡すが、乗っている人数の方が少なかった。降りていった高山を追うように、残された樋口と晃汰もバスを降りて京セラドームの関係者通用口へと向かった。ここでも、数多くの入り待ちのファンがごった返していて、晃汰は他のメンバーよりも多少長くサービスをしてからドームに入った。

 ◇

 二日間の日程を終え、演者は二公演の打ち上げとしてドーム近くの割烹料理屋に集まっている。乃木坂の打ち上げでは定番となったすき焼きを囲みながら、メンバーは各々ソフトドリンクを片手に思い出話に花を咲かせる。周りがただの女の子に戻って話を弾ませる一方、本来孤独を愛する晃汰はテーブルの端で一人、日本酒にチャレンジしている。舌を突き刺すような辛みに何とも言えぬ甘さに、晃汰は口元を歪めながら盃を傾ける。

 そこへ、珍しく手ぶらな秋元が晃汰を呼びに来た。

「四期生の子達が晃汰と話したがってるの。来てあげて?」

 次期キャプテンに言われてしまっては、断る訳にはいかない。晃汰はすぐに立ち上がり、お猪口と徳利を持って四期生が集まるテーブルに座った。その中には年少組を代表して伊藤理々杏と岩本蓮加の姿もあった。

「そんな硬くならなくて良いよ。もう何回もライヴ一緒にやってるんだからさ」

 自信が座ったと同時に四期生の表情が硬くなったことに感づいた晃汰は、すぐさま彼女達に声をかけて緊張をほぐした。だがその効果はイマイチだった。無理はない。彼女達がまだ“普通の女の子”だった時から、幾度となくTVのワイドショーをジャックしてきたギタリストに、平気で口が聞けたものではない。ましてや食事中の至近距離では、うまく言葉が回らない。四期生は皆がそんな事を考えながら、必死に作り笑いを作る。

「ほら、晃汰さんが変なこと言うから四期の皆が怖がってるじゃん」

 コーラを飲み干した岩本が、事もあろうに固まる四期生の前でギタリストにタメ口を聞いたのだ。

「俺そんな変な事言ったか?お前さんの聞き取り方が異常なんじゃないのか?」

 年甲斐もなく、晃汰は五個年下の岩本に反論した。

「は?四期の子が怖がってるのが何よりの証拠でしょ?ば〜か」

 口喧嘩なら負けまいと、岩本は晃汰にあっかんべをお見舞いした。先輩としての威厳を傷つけられた晃汰は、煮えくりかえる腹わたを抑えて岩本にデコピンをお見舞いした。不意打ちに額を押さえる岩本を尻目に、晃汰は優しい笑顔で四期生に振り向く。

「こんな感じで、全然タメ口で良いからさ。なんか年下の子達は礼儀正しい子ばっかりで、みんな敬語で話してくれるんだけどさ・・・あ、このバカ(岩本)とか飛鳥とかはタメ口だけどね」

 苦笑いを交えながらも、晃汰は四期生達の眼を見た。先ほどよりも明かに自分に対する目線が柔らかいことに、晃汰は安心し切って再びお猪口を口に持っていく。

「晃汰さんの横で歌えて嬉しくて、いつかお話ししたくて・・・」

 与田のような小動物的可愛さを持つ矢久保が晃汰に話しかけるのをきっかけに、他の四期生達も晃汰を囲むようにして座った。一人が晃汰に質問をすれば、また一人は音楽に対しての質問をぶつける。

「お前さん達の仕事に同行するようになったら、俺の車に乗せるよ」

「キーを外したりダンスを間違えたりして他人に笑われれば、それは無様だよ。ただ、そこで自分を律して立ち上がれば、それが生き様になる。もう何年も俺は失敗して挫折しそうになってるけど、その度に立ち上がって、無様な俺を見てくれって、そんなのの繰り返しだよ、音楽も人生も」

 一つの質問に真剣に答える晃汰に、いつしか四期生達の目は変わりつつあった。それは傍から見ていた秋元にさえ分かった。まるで教えを説いているかのような晃汰の姿勢に、四期生達に彼をくっつけて良かったと秋元は胸を撫で下ろしていた。

「初めてのキャプテンの仕事?なかなかすごいじゃん」

 歳の差を超えてじゃれ合う四期生達と晃汰を見て、桜井は秋元の隣に腰を下ろした。

「そんなんでもないよ。玲香の後が務まるのか、今でも不安で・・・」

 秋元は寂しげな目で桜井の眼を見た。対して桜井は首を横に振っては、秋元の眼を真っ直ぐに見て微笑んだ。

「玲香が抜けても、乃木坂を壊したりなんかしないから」

 二人にしか聞こえない声で、秋元は桜井につぶやいた。桜井は依然としてただ真っ直ぐに、愚直なまでに真っ直ぐに秋元を見つめた。


Zodiac ( 2019/12/09(月) 22:18 )