9月1日。
数週間前まで人々の周りを囲むかのように鳴き声で日々を支配していた蝉の声は穏やかになった。だが、青い空に浮かぶ太陽はまだ季節の移り変わりを認めないと熱く照らし続ける。コンクリートの上を走っていく車を遠く眺めれば陽炎が浮かんでいた。
昨日までと打って変わった電車内の人の多さ、多様さは学生たちの夏休みが終わったことを告げていた。久しぶりに学校へ行く彼らの表情は蝉の鳴き声が微妙に違いを生んでいるように様々なものだった。
改札口で同級生や先輩、後輩と顔を合わせてはそれぞれにそれぞれが相応しい対応をしていく。まだまだ暑さの残る季節の彼らの制服は白い半袖のシャツやセーラー服だった。
俯き気味に改札を通り、額に薄っすらと浮かぶ汗を淡い青色のハンカチで拭く彼女、齋藤飛鳥も周りで大声で話している彼らと同じ制服を身に纏っている。しかし、飛鳥は誰とも話すことなく歩いていく。話すどころか目を合わせることもなく、少し俯きながら学校へと足を進めた。周りの生徒たちも彼女に話しかけようとはしなかった。彼女は決して友達がいないわけではないのだが、周りの浮わついた雰囲気の生徒たちと話す気など起こらなかったのだ。彼女からしてみれば他の生徒は同じ世界で同じ時間の中で生きているとは思えないほど、何か遠い存在のようだった。
最寄りの駅から10分程度歩くと校舎が次第に姿を見せ始めた。周りと温度差のある飛鳥の気分はさらに下がりながら最後の角まで辿り着く。1学期であれば、あの角を曲がると眼前に校章を主張する校舎が広がる。だが、休みに入るまでは立ち入り禁止とだけ書いてあった古い家屋が消え、更地になっている。そのせいで以前は曲がるまで見えなかった校門はすでに見えていた。
門をくぐる直前で自転車から降りる生徒が飛鳥の視界に横から飛び込んでくる。名前も知らないその男子生徒の姿に違う人物の影が重なる。その瞬間に彼女は左手で無意識に右手首を掴む。彼女の細すぎる指が掴む手首にはミサンガが付いていた。
靴を履き替え、校舎内に入ると喧騒はさらに増していた。廊下で道端のおばちゃんたちのように集まって大声で話す女子生徒。小麦色とも言えないほどに日焼けした男子生徒。夏休みに入る前はあれほどに夏休みを望んでいた生徒たちが今はこれほどに学校を楽しんでいる。飛鳥には彼らが不思議で少し滑稽だった。
教室に入るとつい1ヶ月ほど前までよく見た光景の中によく見た顔が並んでいた。誰かの机の周り、教室の角、黒板の前、教室の至るところにグループ化した生徒たちの集まりが出来ていた。飛鳥はそれらに一瞥をくれることなく、自分の席へ一目散に進んだ。そして鞄を置く直前、誰にも見つからないように隣の席を優しく、撫でるように触った。







