04
深く息を吸い込むと日焼けした体の中へ、潮の香りが流れ込んだ。
サンダルを脱ぎ捨て砂浜に足を沈める。
素足の裏に感じる柔らかさと生き返ったような解放感。
二、三回足踏みし、静かに地面を蹴り、走り出す。
追いかけてくる波の音。
頬を打つ潮風。
砂に足を取られ、バランスが崩れるが、それでも風を切り前へ進む。
よろけたっていい。つまずいたっていい。
前へ、前へ――
「はぁ……はぁっ……」
膝に手をつき、呼吸を整える。
柔らかい日差しに気がつき、顔を上げると、蒼い水平線の向こうから朝日が昇るのが見えた。
「本当にバスケやってたんだ」
美穂の背中に声がかかる。穏やかな波の音を聞きながら、ゆっくりと振り返る。
「優羽……」
堤防の下に立っていた優羽が砂を踏みしめ、美穂の側へやってきた。
こんなふうに広い空の下で優羽の顔を見るのは久しぶりだった。
優羽が美穂の横で立ち止まる。微妙に空いた二人の隙間を海風が吹き抜ける。
「今日……帰んだろ?」
ぽつりと優羽が呟いた。
「……うん」
美穂も小さく頷ずき優羽を見る。優羽は真っ直ぐ前を見て、しばらく黙り込んだ後、途切れそうな声で言った。
「オレは……お前のこと、笑ったりしない」
「え?」
「なんだそんなことくらいでって、笑ったりしねぇよ」
それは美穂が昨日言った言葉だ。
(ちゃんと聞いていたんだ)
「そんなに落ち込むほど、大事な物があるって、すげぇと思う。オレにはそんなもん、ないからさ」
美穂は黙って優羽を見る。優羽は海の向こうに昇る朝日をじっと眺めている。
「もしかしたら、オリンピックに出れるかもな」
「まさか。ムリだよ」
苦笑いした美穂に優羽がゆっくりと振り向く。
「んじゃ、地区大会に入賞とか?」
「なにそれ。超中途半端」
美穂の隣で優羽が軽く笑った。
(笑えばいいのに。もっと。笑うとすごく可愛いのに)
そんなことを思っていた美穂の耳に優羽の声が響く。
「続けろよな。これからも」
優羽の言葉がじんわりと胸の奥に沁みこむ。
「かっこよかった。お前が走ってるとこ」
朝の光が辺りを包む。海も砂浜も目の前にいる優羽の頬もやわらかな色に染まる。
(どうしよう。ものすごく嬉しい)
優羽に返す言葉が見つからない美穂はただただ小さく俯くことしか出来なかった。