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「よし、オッケー! それじゃ、お願いね」


 パンを車に詰め込んで、ハッチバックを閉めた美玲が美穂に言う。


「うん。任せといて」


 遼の運転する車で朝の配達に行くのも、もう慣れたものだ。

 だけど、この町でのそんな生活も明日で終わり。来週には家から学校へ通っているはずだ。


「行ってらっしゃい!」


 笑顔で手を振ってくれる美玲は今朝も元気だ。

 美玲は辛い過去の話を美穂にはしないし、美穂もそんなことは聞かない。

 過去に何があったとしても、美穂の大好きな美玲に変わりはないから。

 店の前に立つ美玲に手を振り返し、美穂は何気なく二階の窓を見上げる。

 カーテンが揺れる窓辺に優羽の姿が見えたけど、視線に気がついたのか、すぐに視界から消えた。

 車のクラクションが軽く鳴る。遼が呼んでいる。

 美穂は美玲の店に背を向けると、走って車へ乗り込んだ。



 いつものように老人ホームへパンを届けてから、遼は坂道の途中に車を停めた。

 美穂は開け放した窓から、お気に入りの景色を見下ろす。

 海は今日も穏やかに澄んでいたけど、青の色が真夏とは微妙に違う気がする。

 着実に夏がもう終わりに近づいている。


「ねぇ、遼くん?」


 運転席のシートを倒し、ぼんやりと空を眺めている遼に言う。


「私がいなくなったら、寂しい?」

「別に」


(即答って)

 相変わらずな返答に分かっていたはずなのに美穂はちょっとむかついてしまう。


「けど、私がいなくなったら困るでしょ? 配達の時とか」

「優羽にやらせるさ」


 少し拗ねた顔を見せてから美穂は遼から視線を外し、また海を見下ろす。

 優羽はあれから、美玲の家で暮らしている。

 けれど、すっかりふさぎ込んで、口数も少なくなってしまい、ほとんど遼の部屋から出てこない。

 妹の陽世はしばらく施設で保護されることになったらしいと、自治会長も言っていた。

 陽世の父親がどこで何をしているかまでは知らないそうだった。



「もう少しここにいようかなぁ……」


 海を見たまま美穂はぽつりと呟いた。


「なんで?」

「なんでって……優羽のことも心配だしっ」


 運転席の遼を見る。遼は美穂の方に振り向こうともしない。


「またおせっかいか」

「だって、心配なんだもん」

「大人に任せとけばいいんだよ」

「大人って誰よ? ここにいる、美玲ちゃんのヒモみたいな、最低な大人のこと?」


 ふっとおかしそうに遼が笑う。


「はっきり言うなよ」


 遼が頼りになるのかならないのかはいまだによくわからなくなる。

 その時、電話の着信音が車内に響き、遼は体を起こすとそれを耳に当て、車の外へ出て行った。



希乃咲穏仙 ( 2022/09/14(水) 22:15 )