「美穂ちゃーん！ お祭り行こー！」


　今年一番と言われた暑さが少し和らいできた夕暮れ時。店の前に一台の自転車が止まった。


「あら、陽世ちゃん。こんばんは」

「こんばんはー！ はるね、優羽ちゃんと美穂ちゃんとお祭り行くのー」

「へぇー、いいねぇ」


　美穂が店をのぞくと優羽と美玲が笑顔で話をしている。そして店の前に自転車を置いた優羽が入ってくるなり申し訳なさそうに美玲に言った。


「あの……ちょっと、美玲さんにお願いがあるんすけど」

「ん？ なあに、優羽ちゃん」


　優羽は持っていた紙袋をおずおずと美玲に差し出す。


「これ、近所の人が陽世にくれたんだけど、どうやって着せたらいいのかわかんなくて」


　紙袋を受け取った美玲が中をのぞく。


「あ、浴衣じゃない。可愛い」


　美穂もお店に出て、美玲の広げた浴衣を見る。

　赤い生地にピンク色の桜と金魚の柄がついた子ども用の浴衣。


「ほんと、可愛い」


　つぶやいた美穂の隣で美玲が胸を張る。


「まかせて。着付けはおばあちゃんから習ってるから得意なの。おいで、陽世ちゃん。綺麗なお浴衣着ようね」

「うん！ それ着たいー！」


　美玲が部屋の中へ陽世を連れて行く。すると、ぽつりと残された美穂に優羽が言った。


「お前は？ その格好で行くの？」

「え？ そうだけど」


　美穂はいつもと同じ、Ｔシャツにショートパンツ姿。


「だって浴衣なんて持ってないし」

「は？ 色気ねーの。外歩いてるお姉さんたちは、みんな色っぽい浴衣着てるぜ？」

「うるさいなぁ。それセクハラだよ」


　ぷいっと顔を背け、近くにあった椅子に座る。今日も朝から体が重い。昨日はよくなったと思っていたのに。

(夏バテかな？ 体力だけは自信があったんだけどな。部活さぼって、なまっちゃったな)


「おい？」


　そんな美穂に優羽が声をかける。


「お前、どうかしたか？」

「べつに」


　店の前を浴衣を着た女の子たちが通る。美穂はそんな光景をぼんやりと眺める。



「優羽ちゃん！」


　部屋から出てきた陽世が駆け寄ってきた。陽世は赤い浴衣を着て、髪もアップにし、美玲の髪飾りをつけてもらっている。


「どう？ かわいい？」

「へぇー、かわいいじゃん。ゆ・か・た・が！」

「優羽ちゃんのバカー！」


　ふざけ合っている二人を美穂は黙って見つめる。

(お父さんが違うなんて関係ないよね)

　ちょっと歳は離れているけど、この二人はちゃんと兄妹だ。

　一人っ子の美穂はそれが少し羨ましかった。


「美穂ちゃんもおいで。浴衣、着せてあげる」


　部屋の中から、美玲が手招きして呼ぶ。


「え、私、浴衣なんて持ってないよ」

「私のあるから。貸してあげるよ」


　美玲がそう言って、美穂ににっこり笑いかけた。





「じゃあ、行ってきまーす！」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」


　美玲に手を振る陽世と一緒に外へ出る。着慣れない浴衣のせいで、歩きにくいけど、なんとなく気分は晴れていった。

(もし自分に姉がいたら、こんな感じなのかな？)

　美玲に浴衣を着せてもらいながら美穂はそんな風に思っていた。

　陽世と並んで海沿いの道を歩き始める。すると少し後ろから、自転車を押しながら歩いている優羽が言った。


「なーんか、騙された気分だな」

「なにが？」


　立ち止まり振り向いて優羽に聞く。


「そんなの着てると、どんな女でも一瞬は可愛く見えたりする」

「一瞬じゃないでしょ？ なんで素直に可愛いって言えないかなぁ。ねぇ、陽世ちゃん？」

「うんっ、陽世と美穂ちゃん、かわいいよねー？ ほらぁ、優羽ちゃん、見て見てー」


　浴衣を見せびらかすように袖を振りながら、その場をくるくる回っている陽世は本当に嬉しそうだ。優羽はそんな陽世の前で、わざとらしいため息をついたあと、ふっと口元をゆるませた。