01
 美穂はタオルケットにくるまったまま、ごろんと寝返りを打つ。


 今朝、美玲に起こされた時、なんとなく体がだるくて起きられなかった。美玲はそんな美穂に、「いいよ、いいよ。ゆっくり寝てて」と言って、部屋の襖を静かに閉めた。


 下の階から聞こえる物音を目を閉じて耳を傾ける。うとうととしながら、目を覚ますと、部屋が明るくなっていて、階段からはパンの甘い香りがかすかに漂ってきた。

 窓の下で車のエンジン音が聞こえる。遼が配達に行くのだろう。

 ゆっくりと体を起こし、窓から外を眺めると、見慣れた軽自動車が海沿いの道を走り出したところだった。








 太陽が一番高く昇る頃、美穂は神社に続く階段の一番上の段に座っていた。しばらくぼうっと海を眺めていたら、真っ黒に焼けた優羽が階段を駆け上ってきた。


「腹減ったー!」


 息を切らしながらそう言って、優羽が美穂の隣に座る。腕が少しぶつかり合い、美穂はさりげなく腰をずらした。


「ごめん。今日はパンないんだ」

「は? じゃあオレの昼飯は?

「ごめん。ない」


 優羽とは時々、ここで一緒にお昼を食べていた。

 今日もパンを持ってくると約束していたけど、近くの民宿で合宿している体育会系の大学生達がパンを大量に買い占めて、午前中にパンが売れ切れてしまっていた。


「はぁ? んだよ。ならお前とここにいる意味ねーじゃん」

「ひどっ」


 右手を振り上げ優羽を睨む。軽く握って振り下ろしたら、ぱちんっと優羽の手に掴まれた。

(あれ、なんだろ?)

 手のひらから優羽の体温が伝わり、すごく熱い。


「い、意味ないなら、もう帰れば?」


 慌てて右手をひっこめると、同時に優羽が立ち上がった。


「ちょっと待ってろ」

「え?」


 美穂に振り返りもせず、優羽が階段を駆け下りていく。


「な、なに?」


 しばらく、その場に座って待っていると、両手に何かを持った優羽が階段を駆け上ってきた。


「イチゴとブルーハワイ、どっちごいい?」


 息を切らし、額に汗をにじませながら優羽が聞いた。その両手には、ピンクとブルーのシロップがかかったかき氷。


「下で買ってきた。大盛りだぞ。どっちがいい?」

「……くれるの?」

「ま、いつもパンもらってるからな。お返しってやつだ」


 美穂はしばらく、二つのかき氷を見つめた後、小さな声で答えた。


「……イチゴ」


 すると優羽はブルーのシロップがかかったかき氷を美穂に押し付けた。


「お前こっちな!」

「あっ、イチゴって言ったのに!」


 おかしそうに笑った優羽がイチゴ味のかき氷をスプーンでざくっと掬い、頬張る。


「うおっ、冷てーっ」

「もうっ」


 優羽から受け取った山盛りかき氷は持っただけでもひんやりと冷たい。美穂もそれをスプーンで掬って、口に入れる。

 すぐに口の中がキンッと冷え、体中に伝わっていった。





希乃咲穏仙 ( 2022/04/18(月) 23:07 )