05
「ただいまぁ! パンくださーい!」
夕方になると美玲の店に小さなお客さんがやって来た。近所に住む五歳の女の子、陽世だ。
「おかえりー、陽世ちゃん。保育園は楽しかった?」
「うん!」
「よーし。今日も元気に頑張ったから、とっておきのパンをあげるよ」
そう言って美玲は陽世のために特別に作ったパンを差し出す。
「わぁっ! 今日はパンダさんだ!」
紙袋の中を覗きこみ、陽世がはしゃいだ声を上げる。
「陽世ちゃん、パンダさんの中身は何だと思う?」
美玲の代わりに美穂が聞いた。陽世は肩につくほど首をかしげ、それから、はいっと手を上げた。
「カスタード」
「さぁ、どうかなー?」
「食べていいの?」
わくわくした顔つきの陽世に今度は美玲が言う。
「それはお兄ちゃんに聞いてみないとね?」
美玲の声に美穂が外を見る。店の前に一台の自転車が止まっていて、男の子が美穂に向かって手招きした。
「ほら、金」
「ありがとうございます」
外へ出た美穂の手にぶっきらぼうに百円玉を渡すのは陽世の兄の優羽。
美穂は渡されたお金を握りしめ、目の前に立つ優羽のことを見る。
「なに?」
頭頂部だけ黒くなった金髪に近い茶色い髪。地元のヤンキーみたいにじろりと睨まれても美穂は全然怖くない。
ママチャリの後ろに妹を乗せ、スーパーの袋をぶらさげ、毎日保育園の送り迎えをしている優羽のことを知っているから。
「また日に焼けた?」
「は? ったり前だろ。海の家で毎日こき使われてんだからよ」
美穂と同じ高校二年生の優羽は隣の入り江にある海水浴場でアルバイトをしている。
タンクトップから伸びる優羽の腕は会う度に日焼けしていって、初めて会った夏の最初よりもずいぶんと逞しく見えた。
「ねぇ、優羽ちゃーん! パンダさんのパン、食べていーい?」
陽世のあどけない声が聞こえ、優羽は店の中をのぞきこむ。
「ダメだ。今食ったら夕飯食えなくなるだろ? それに、保育園でおやつちゃんと食ったろ」
そう言ってため息をつく優羽を見て、美穂はつい笑ってしまった。
「なんか優羽って、陽世ちゃんのお母さんみたいだね」
「うるせぇ」
右の人差し指で額を軽く弾かれた。
優羽と美穂は知り合ったばかりなのにすごく自然に話せる。
それはきっと、優羽が美穂のことを何にも知らないから。
そして、美穂も優羽のことも、ひと夏だけ知り合った、遠くの町に住む男の子、としか思っていないから。
「ほら、もう帰るぞ」
「やぁだ。パンダさんのパン、食べたい」
「わがまま言うな。ったく、世話かけやがって」
そう言いながら優羽は店の中へ入り、ひょいっと陽世を抱き上げると、自転車の後ろの子ども椅子に座らせた。
「やぁ! 優羽ちゃんのバカー」
「暴れっと海に落ちるぞ? 落ちたらパンダさんのパン食えなくなるぞ? それでもいいのか?」
じたばたしていた足を止め、陽世がぶすっとした顔で優羽を見上げる。優羽はそんな妹を見て、ふっと口元を弛ませた。