04
美穂は小さい頃から走るのが速く、中学時代にはバスケの大会で好成績を収め、県内でも有数の強豪校に推薦で入った時までは何もかもが上手くいくと思っていた。
それなのに、一年の夏に膝を痛め、それから思うように飛べなくなった。
どんどん自分を抜かして成長していく周りの友達を見るのが悔しくて、『大丈夫?』『無理しないで』なんてかけてくれる言葉の一つ一つも全てが嘘に思えていた。
焦れば焦るほど、痛みだけが増していく。
「一か月ほど、安静にしてください」
高二の夏休み前、医師にそう告げられた時、すべてが終わったような気持ちになった。
『飛べないなら、意味がない』
『いつまでこの学校にいるつもりなの?』
周りの目にそう責められているような気がしてならない。
部活も学校も辞めてしまおうと思っていた。とにかくあの場所から逃げ出したかった。
そんな折、偶然再会した八歳年上の幼なじみ美玲から誘われた。
「ヒマだったら、夏休み中うちに来ない? 海の側でパン屋開いたんだ」
昔と変わらない笑顔でそう言った。
鼻の奥がツンとする。胸に何かが、じわじわと込み上げてくる。
「慰めてくれるのならさ、もうちょっと優しくしてくれてもいいのに」
自分でも説明できないこの気持ちを隣にいる遼に悟られたくなくて、わざと拗ねたように言ってみる。
どうせ、返事がないのはわかっていた。
窓から風が吹き込んだ。ちょっと生ぬるい夏の風。
一瞬目を閉じたその瞬間、美穂の頭に大きな手が触れ、ふんわりと優しく髪を撫でられた。
「え?」
きょとんとした顔の美穂の隣で遼が手を戻しシートベルトをつけた。
「い、今の、なに?」
「……優しくしろって、言うからな」
エンジンをかける遼を見る。遼はそんな美穂に振り向くと、指をさして言った。
「シートベルト」
「は、はいっ」
慌ててシートベルトをつける手がどうしてだか震えている。
静かに動き出した車は駐車場を出て、坂道をゆっくりと下り始める。
「ふ、ふぇっ、ふぇぇんっ……」
堪えようと思えば思うほど、なぜか涙があふれ出し、それはやがて嗚咽に変わる。
そんな美穂の隣で遼はやっぱり何も言わずにハンドルを握る。
「うわぁぁぁん」
恥ずかしいのに。泣くところなんて、誰にも見せたくないのに。
だけど、もしかしたら、泣きたかったのかもしれない。こんなふうに、思いきり。ずっと、前から。