03
スケッチブックを閉じた遼が美穂を残し堤防から降りる。そして美玲の横を通り過ぎ、店に向かって歩いて行った。
「相変わらずクールだね。遼くんは」
悪戯っぽく美穂が言うと美玲が可笑しそうに笑う。
「遼くんはあれでいいの。『はーい』なんて返事されたら気持ち悪いでしょ?」
確かにそうだ、と頷く美穂に笑いかけ、美玲も店へと戻って行った。
それと同時に店の脇に停めてあった中古の軽自動車にエンジンがかかった。
車にパンを詰め込み、美玲と一緒にドアを閉める。運転席からは美穂を呼ぶようにクラクションが軽く鳴る。
「じゃあお願いね、美穂ちゃん」
「はぁい」
手を振る美玲に手を振り返し美穂は助手席のドアを開ける。
坂の上の老人ホームまで車で片道10分程。ほんのわずかな朝のドライブはここで過ごす美穂の日課となっていた。
「ご苦労様。美穂ちゃん」
「また明日もお願いね」
「はいっ。ありがとうございます!」
パンをホームへ届け、挨拶をして車に乗り込む。遼が運転する車はゆっくりと坂を下る。
無愛想で何を考えているのかわからない遼はドライブの間、ほとんど話さない。
最初はその空気に耐えられなかった美穂だけど、いつの間にかそれにも慣れた。
そして、帰り道に遼は美穂のお気に入りの場所に必ず寄ってくれる。
坂道の途中、小さな駐車場に車が停まる。
美穂は窓から顔を出し、外の空気を大きく吸い込む。
眼下に見える鮮やかな緑に囲まれた弓形の入り江。そこから広がる青く深い海。その先につながる空は美穂の上まで続いていて、何度見ても不思議と飽きることがなかった。
「やっぱ、いいとこだよね、ここ」
そう呟いた言葉は嘘じゃなかった。それなのにまた、あの空しさがこみあげてきた。
広い景色を見る度、思い知らされる自分の小ささ。
「お前は……ダメじゃないさ」
不意打ちのように聞こえてきた声に美穂がゆっくり振り返ると運転席のシートに寄りかかり、前を見たまま遼が呟く。
「美穂は全然ダメじゃない。俺は運動会のかけっこ、いつもビリだったからな」
無表情でそんなことを言う遼がなんだか可笑しくて、美穂はふっと息を吐くように笑った。
「そうかなぁ?」
「そうだ」
「遼くん、私のこと慰めてくれてる?」
運転席に座る遼の横顔に問いかけた。