03
思い出話は尽きることはない。
誰もが競うように口を開いている。十年の空白を埋めるには、どれだけ時間があっても足りはしない。どのテーブルにも笑顔が咲き乱れていた。
しかし、樹だけは違った。彼にはずっと緊張の糸が張り詰めていた。
ある程度の心の準備はしていたものの、いざ大勢の同窓生を前にギターを演奏するのは気が引けた。もう何年も触っていない。果たしてうまく演奏できるだろうか。
しかし心のどこかでは、かすかな自信もあった。
ギターを構えた途端、知らぬ間に手がするすると動き出し、観衆を唸らせる演奏をやってのけるような気もする。
当時、血の滲む練習をしたからだろうか。今でも手の動きは覚えている。今日ここでみんなの高校時代の思い出に花を添えることができるなら、一肌脱ぐのもやぶさかではない。
結局のところ、人生のターニングポイントは文化祭のライブだったような気がする。あれを機に生まれ変わることができたのも事実。では、弱い自分をステージに立たせた原動力、すなわち最初の一歩とは一体何だったのだろうか。
「江坂君、そろそろいけるかい?」
山岸が側で訊いた。
彼の手には他のクラスから借りてきたアコースティックギターが握られている。
いよいよ逃げ場はない。心臓の鼓動が高鳴る。
同窓会も佳境に入ってきた。ここで一つ、宴を盛り上げる役目を果たすのも悪くはない。
「いつでもいいよ」
樹は一度深呼吸をしてからそう返す。
「それじゃあ、舞台裏に待機してくれるかい。僕がマイクで君を紹介するから、適当な所で出てくればいい」
山岸は手際はよかった。会社勤めをするようになってからも、彼はこうやって人を上手に仕切っているのかもしれない。
樹はギターを受け取ると、山岸と肩を並べて歩き出した。
十年の時を経て、また体育館のステージでギターを弾くことになってしまった。これも運命というやつか。
舞台裏は暗く、そして埃臭い。おそらく当時と何も変ってないのだろう。しかしあの時は極度に緊張していたせいか、何も覚えてはいない。
木製の階段に腰を下ろし、弦を調整する。
軽く手を添えてみる。ポジションは大丈夫か。二度三度ストロークしてみるが、思った通り、身体が覚えくれていた。
当時のようには弾けないだろうが、それでも余興には十分なるだろう。
舞台上では山岸がマイク片手に場を温めてくれている。
樹の位置からは、彼の肉声とマイクを通す声とが二重になって聞こえていた。
「まず最初の演奏は江坂樹君です。どうぞ盛大な拍手を」
山岸が舞台裏に視線を送る。いよいよ出番である。
樹はギターを持って、ステージに上がった。
さっきまでの緊張は嘘のように消えていた。
いつから人前に立つのが怖くなくなったのだろうか。
こんな度胸が備わっていることに、今更ながら驚かされる。
やはりあの時がその後の人生を変えたと言っても過言ではない。
樹は会場を見回した。
だだっ広い体育館にテーブルが整列し、それを囲むようにしてあの日の学生たちがステージに視線を向けていた。
当時、この会場はもっと多くの人で賑わっていた。今の何倍もの人間がいた。
樹は当時が懐かしく思えた。すっかり心は落ち着いていた。
仮に演奏が上手くいかなくても、どうということはない。
過去を共有した同窓生たちは、失敗も大目に見てくれるだろう。
「当時、ライブで弾いた、僕の大好きだった曲です。どうか聴いてください」
そう言って、樹はギターを肩に掛けた。そして力強く弦を震わせた。