02
クラスがそれぞれ一つのテーブルに集い、昔話に酔いしれる。
丸テーブルには様々な料理が所狭しと並び、その隙間をビール瓶が煙突のように何本も突き立てていた。
持ち寄った思い出を披露する者、笑い合う者、歓喜のあまり涙を見せる者、他のテーブルにわざわざ出向いて、大いに盛り上がる者。楽しい時間が体育館の中をゆったりと流れていく。
しかし、樹は心をすっかり解き放つほど、楽しむことができなかった。
どうしても『小林由依』が頭から離れないままだった。級友との話が一段落する度に、自然と頭に浮かんでくる。
由依というのは高校時代の知り合いであることに間違いない。
自ら好きだと言ってはばからない、この女性は誰なのか。その疑問が樹の心に安すらぎを与えてくれない。彼女とはどこかで深く関わっているはずなのにだ。
「そう言えばさ、この体育館は今年で取り壊されるんですってね」
ある女性がそんな話題を口にした。
「そうらしいね」
周りのみんなも頷いた。樹もそれは山岸から聞いて知っていた。
だからこそ、今日の同窓会はこの体育館で行われている。全国に広がる学校の耐震化はこの老朽化が進む体育館も見逃してはくれないらしい。
「みんな、この体育館の思い出って何かあるか?」
ある男性の問い掛けに一同が顔を見合わせた。
「そう言っても、体育の授業か全校集会ぐらいにしか使ってないよな」
「うん。あとは、入学式とか卒業式などの式典ぐらいじゃないだろ?」
みんなも頷き合う。
「いや、でもこの中に一人だけ、個人的な思い出がある人がいるんじゃないか?」
山岸がまるでクイズ番組の司会者のように全員の顔を見回す様に言った。
全員が黙ってお互いの顔を覗き合った。
しかし、樹だけは身体に電流が走り、思わず次に来る言葉に身構えた。
「誰のこと?」
女性の一人が降参とばかりに答えを求めた。
「江坂君だよ。確か彼は文化祭のライブでギターの弾き語りをしたんだ」
「ああ、そうだった。覚えてる、覚えてる」
その女性が身体を弾ませるようにして言った。
同級生たちはもう立派な大人だった。
これまで自己主張をせず、他人と話を合わせるだけの樹を話題の中心に引っ張り出した。花を持たせようという気遣いなのだろう。
テーブル全員の視線が樹に向けられた。
「江坂君、今でもギターを弾くの?」
隣の女性が訊いてきた。
全員が無言で樹の返答を待つ。
「いや、あれ以来、全然弾いてないんだ」
樹は顔を赤くして言った。
「にしてもさ、どういう経緯で出ることになったんだっけ?」
一志が樹の持つグラスにビール注ぎながら訊いた。
樹の引っ込み思案な性格をよく知る彼だからこそ、一層不思議なのだろう。しかし樹自身もその答えを持ち合わせていなかった。
「もう忘れてしまったよ」
樹は正直に答えた。
思えばこれも大きな疑問だった。
元来、人と接するのが苦手だった自分が体育館のステージに立ってギターを弾き語りするとは到底考えられない。だがその出来事を境に、人付き合いもうまくなり、友達が増えたのも事実。
では、それに出場するきっかけとは一体何だったのか?
「ね、江坂君、よかったらここで弾いてもらえないかしら?」
誰かが提案した。
間髪をいれずに周りから拍手が起こった。
樹は苦笑いん浮かべた。
「ギターなんて用意してないよ」
「大丈夫、他のクラスから借りてきてあげるから」
何ともお節介な話だろうか。
しかし、そうなることは樹にも予想できていた。実は少し前、別のテーブルでギターの伴奏に合わせて歌を唄っているクラスがあった。樹のクラスもそれに負けじと盛り上がりたいのだろう。
「どうせなら、あのステージで唄ったらどう?」
そんな声が上がった。
「さすがにそれは遠慮しておくよ。恥ずかしいからね」
樹は慌てて手を振った。
「いや、この体育館もこれで最後なんだから、やってくれないか?」
そんな中、山岸がとんでもない提案を持ちかけ、みんなも拍手で賛成した。
「参ったな」
「君だけじゃなくてもいい。希望者はステージに上がればいいんだ。それなら恥ずかしくないだろう」
山岸は酔っているのか、少し赤い顔をして言った。