03
アルバムには、ある女性の成長の記録が収められていた。
生まれたばかりの双子。まるで鏡に映したようにそっくりな二人の赤ん坊。
ページを繰る度に、園児、小学生、中学生と二人の娘は成長していく。たまに独りで写った写真もあったが、そのほとんどは二人が並んでフレームに収まっていた。
しかし途中から、カメラは片方の少女だけを追うようになる。
髪の長い少女。間違いない。
小林由依である。
さらにページをめくると、舞い散る桜の中、校門を背に一人の少女が立っていた。口を真一文字に結び、じっと正面を見据えている。高校生活に対する期待と不安が入り交じった表情。
高校に入学したばかりの由依の姿がそこにあった。
この風景には見覚えがある。
毎朝通り抜ける校門。後ろに見えているのは樹の通う高校だった。
しかし、どこか妙である。
由依の着ている制服に違和感を覚える。そう、違うのだ。その制服は樹の知るものではなかった。
「制服が今と違うでしょ」
振り返るといつの間に由貴が盆を持って、すぐ後ろに立っていた。
それからコーヒーカップを二つテーブルに置いた。
(まさか、そんなことが……)
樹の前で彼女はみんなと同じ制服を着ていた。
もう一度写真に目を落とす。これが近年撮られたものではないとすれば、由依が高校へ入学したのはもう何年も前ということになる。
(由依は一体何歳なんだ?)
樹はアルバムをしっかり持ち直し、先頭のページまで戻った。
最初のページにこの世に生を受けた双子の姿があった。そこに小さく生年月日が添えられている。
「え……」
樹は目を疑った。
自分の生年月日とは十年以上の隔たりがあった。
(どういうこと……?)
由貴の言った通り、由依は過去の人なのか。
これは自分の理解を超えている。もはや世の理屈は、由依に関しては通用しないようだった。
言葉が出なかった。
なら、今日の昼まで一緒にいた、あの少女は誰なのか。
答えを見つけることができないまま、樹の手はページを元のところへ進めていた。まだ分厚いアルバムは半分も進んでいない。この先に答えがあるのではないか、すがるような気持ちだった。
高校時代の写真は圧倒的に少なかった。
突然、私服姿の由依がページを埋めるようになる。マイクを片手に歌を唄っている写真が一気に押し寄せてきた。
「妹は、高校二年の夏に中退したの。ある音楽プロダクションにスカウトされていてね」
樹の目の前に腰掛けた由貴が、そう説明した。
その言葉を裏付けるかのように、それ以降の写真は全て、華やかに彩られた世界が続く。
刺激的で派手な色合いが彼女を取り囲む。そこには自然な風合いはまるで感じられない。人工的に彩られた商業写真である。これまで彼女が写っていた写真とは一変していた。
そこには日常とは無縁の異質な空間が広がっている。
それまで自然体だった由依も、徐々に商品として変貌を遂げていくのが分かる。
確かに芸能人は商品と言える。これはもう個人の記録ではない。スターの生写真が散りばめられた写真集に過ぎない。
樹はどこか寂しい気持ちになった。もう写真の中でしか、彼女とは会えないのだろうか。
しかしそんな中にも、プライベートな写真が見つかった。
プロダクションの事務所で撮ったものだろうか、恰幅のよい中年男性と写ったものや、高級料理店で芸能人らしき若い連中と談笑しているものもあった。
アルバムの最後には、由依のサイン色紙やCDが挟んであった。それらは決まって由依の笑顔が印刷されている。それらは立派な商品であった。
樹は複雑な気分になった。
果たしてこれは自分のよく知っている小林由依なのだろうか。それともまるで違った人格の小林由依なのだろうか。
CDジャケットには、『YUI』という文字が躍っていた。
しかしそれは樹にとっては何も響かない名前だった。やはり自分にとって、由依は由依でしかない。
「それね、あの娘の芸名。ホントは全く別の候補もあったけど、あの娘が譲らなかったの」
樹は複雑な気分でアルバムを閉じた。
どうやら、この由貴という女性は双子の姉妹であることに間違いない。そして彼女は高校を中退して芸能界へ進んだ。
ここまではわかる。
問題は自分の目の前に現れた由依。
(彼女は一体何者なんだ?)
「あの、YUIさんは、今はどうしてるのですか?」