02
由貴は無感動にそう告げた。それは無責任とも取れる口調だった。
樹は再び言葉を失った。どうして誰も彼も自分と由依を引き離そうとするのだろうか。再会はそれほどに難しいことなのか。
つい数時間前まで同じ空間を共有していたはずなのに。
由依は優しく声を掛けてくれた。手を伸ばせばその頬に触れることだって出来た。
樹は今や絶望の縁に追いやられていた。どう足掻いても、もがいても逃げ場がないように感じられた。
もはや返す言葉も見つからない。世界中に由依の存在を否定されては、どうすることもできない。目の前のこの人に、自分が望む真実を語らせる方法は何かないものだろうか、樹は弱り切った身体でただそれだけを考えた。
奥のキッチンからポットの沸騰を知らせるメロディーが聞こえてきた。その音に急かされるように樹は反撃に出た。このままでは心の居場所がない。早く落ち着く先を見つけたかった。
「そんなのウソだ」
樹は由貴にではなく、ほとんど自分に言い聞かせるように呟いた。由依の存在を隠したいがために死んだことにするなんて、いくらなんでも酷すぎる。それが例え姉でも許せなかった。
「僕は今日の昼まで、由依さんと一緒に居たんです。彼女は死んじゃいない。毎日同じ教室で机を並べていたんです」
そうは言ってみたものの、まるで心に晴れ間が見えてこなかった。
(何故だろう)
もはや自信も持てなくなっていた。しかし、由依は確かにいた。樹はそんな彼女を愛していた。
由貴は表情を少しも変えることなく、黙って樹の言葉に耳を傾けていた。
「もう少し詳しく聞かせて」
由貴は静かにそう促し、樹は思い出すように語り始めた。
「今年の春、桜並木の下で由依さんと出会いました。最初、彼女は僕を避けていたようです。いや、僕だけではなく、クラスの誰とも交わろうとしなかった。彼女は教室でいつも孤独でした。そんな彼女を見ていると、どこか自分と同じ境遇のように思えてきて、いつしか彼女のことが気になり始めたんです」
由貴は一切口を挟まず、頷くように聞いている。
「夏休み前、彼女の歌の才能を知って、文化祭のライブに一緒に出ないかと誘いました。学校中に彼女の実力を見せてやりたいと思ったからです。彼女は承諾してくれました。それで自分も不慣れなギターを一生懸命練習しました」
「夏休みに入って、彼女の口から、実は歌手デビューするかもしれないと告げられました。どうやら由依さん自身は、芸能界に進むかどうか迷っているみたいでした。家族にも相談した、って言ってました」
樹はそこまで言うと由貴の顔を見た。
「私が何て言ってるか話しましたか?」
由貴は強い視線を投げ返してきた。
「はい。両親は賛成しているのに、姉は反対していると」
それを聞いて、由貴は肩を揺らすようにして笑った。
「それで?」
「今日が文化祭の日だったのです」
「なるほど、ライブの結果はどうだったの?」
由貴は食い入るように訊いた。
「実は昨日色々とあって、由依さんは風邪を引いてしまってました。だから、結果は思わしくないものでした」
樹は慎重に言葉を選んだ。由依が一部の女子から虐められていたこと、タバコを吸っていたこと、ステージ上で倒れたことなどは言わなかった。
「なるほど」
由貴は短く言ってからソファーを立った。
「ちょっと待っててね」
そう言い残して、由貴は隣の部屋へと消えていった。
そして、しばらくして戻って来た。
「これを」
樹は分厚いアルバムを手渡された。両手で受け取ったがずっしりと重かった。
「コーヒーを淹れてきますので、どうぞごゆっくり」
由貴がその場を離れると樹は渡されたアルバムをそっと開いてみた。