18
時間だけが虚しく経っていった。
結局、由依を見つけることができなかった。
(由依は一人どんな気持ちでいるんだろう)
そばにいてやることすらできなかった樹は己の無力さをまざまざと見せられた思いだった。
(きっと彼女は大丈夫だ)
樹はそう自分に言い聞かせた。
(明日のライブでいつものように歌を披露すればいい)
(あんな連中の脅迫に屈することなく、堂々としていればいい)
そう思ってみたものの、不安な気持ちは拭いきれなかった。
(これから由依の家、行ってみるか)
正確な住所は覚えていないが、家に帰れば暑中見舞いのハガキがある。確か住所も書いてあったはずだ。
それに自宅に戻れば、水を吸って重くなったこの服も着替えることができる。
樹は校門まで歩き出した。
そこでやっと思い出した。大事なギターケースを体育館の裏に置きっぱなしだった。
(この大雨の中、大丈夫か)
自然と小走りになった。
あの女連中の前にギターを放置したのは迂闊と言わざるを得ない。逆恨みから、いたずらされもおかしくない。
足はさらに速くなった。
体育館の裏まで戻って来た。
さっき由依が取り囲まれていた場所にはもう誰もいない。
悪い予感は的中した。ギターケースはどこにもなかった。
(あいつらか)
これは大失敗だった。ギターがなくては明日の演奏ができない。
とにかく大急ぎで探さなくてはならない。
慌ててその場を離れようとした時、目の前の鉄製の階段がわずかにきしんだような気がした。
(誰か……いる?)
ここから見上げようにも、つづら折りの階段はその裏側を見せているだけだった。
樹は恐る恐る階段を登っていった。
そこには背中を丸めた少女の姿があった。
大きなギターケースを抱くようにして座っていた。長い髪はすっかり濡れて頬に張り付いていた。毛先からは水の雫が途切れることなく落ちていた。
「由依!」
樹の声が聞こえないのか彼女は無反応だった。
しかし、確かに声は聞こえているようだった。その証拠にケースを抱える腕に力が入ったように見えた。
「大丈夫か?」
由依は樹と目を合わせようとしなかった。
ただケースを大事そうに抱えたまま動かずにいた。親に叱られた子供がやり場のない怒りを胸の内に溜めている、そんな様子だった。階段のどこか一点を見つめていた。
「風邪引くよ」
樹は彼女の肩を掴んで軽く揺さぶった。
「放っておいて!」
由依は強い調子で言ったつもりだったが、それはかすれた声にしかならなかった。
それが悔しかったのか紫色に変色した唇を噛んだ。
「まさか、あいつらの話を信じているんじゃないだろうな?」
樹はゆっくり問いかけた。
樹には自信があった。由依とは見えない絆で結ばれている。この程度で壊れてしまうほどの関係ではない、と。
「昔からいつもそうなの」
突然、由依が口を開いた。視線は動かさなかった。
「人と仲良くなっても、いつもこうなっちゃう。周りの目が気になって、本当の自分の気持ちに嘘ついたりして。そんな自分がたまらなく嫌になる」
樹は黙って聞いていた。よく意味が分からなかった。
要するに、あんな悪意に満ちた同級生の言動も無視できず、心が穏やかでなくなるということ。
誰だって自分の評価は気になるものだ。それは何も由依に限ったことではないことだった。
「周りが何と言おうと、自分の信念を曲げる必要はないんじゃない?」
由依は濡れた顔を上げて、樹に強い視線を投げかけた。