17
雨は依然として強く降り続いていた。
それは大地を蹴って走る樹を容赦なく打ちつけた。
まるで天の涙だった。由依の悲しみが天まで届き、大粒の涙となって大地を濡らしているかのよう思えた。
どこかに傘を置いてきてしまった。しかし、今はそれどころではない。
樹は姿の見えない由依を追う。
この激しい雨の中、人の姿は見られなかった。視界にはずぶ濡れになって立つ緑の木々や、川と化したアスファルトの歩道だけが広がっていた。
この雨を避けるように、どこかにひっそりと身を隠しているのだろう。
(出る杭は打たれる、か)
確かに由依は普通の女の子とは違っていた。
それは出会った日から分かっていた。
彼女はその優れた才能を生かすべく、芸能界を目指していた。その特異性によって、彼女の不思議な性格が生み出されていた。
由依は今、夢に向かって大きな一歩を踏み出そうとしている。
それはいち早く大人の世界に生きるということを意味していた。彼女は普通の高校生と違っていて当然だった。
学校生活には打算的な人間関係が蔓延している。それを協調や友情などと称するのは笑止千万。
そんな連中はやたら『個性』を口にするくせに、周りから弾かれないことに日々神経をすり減らしている。他人の目ばかりを気にして、自己保身のために生きている。
どうしてそんな連中に主張を持つ人間を差別することができようか。個性あるが故に身体から発するオーラを彼らにはどうも理解できないらしい。
由依の生き方を妨害する権利は誰にもありはしない。
(少なくとも俺は由依の味方であり続ける。何が起きても絶対に守ってやる)
樹は心の中で叫ぶ。
(由依が好きだ!)
樹はぬかるんだ地面を強く蹴った。
体育館から校庭の方へ出てみたものの、由依どころか人っ子一人見当たらない。
(この雨の中どこへ消えたんだよ)
由依は強い女でなければならない。無個性な連中に何と言われようと、それに心が左右されるような弱い人間であってはならない。
芸能界で生きていくのであれば、今以上に辛いことが降りかかってくることだろう。この程度の挑発や中傷に負けるようでは先が思いやられる。
(由依には強くなってほしい)
樹は願う。
(いや、とにかく今は由依を見つけることが先だ)
彼女の傍にいてやりたい。
言葉など要らない。
ただ寄り添うだけでいい。
彼女は家に帰ってしまったのだろうか。
(そうか、携帯があった)
樹は校舎の軒下に入って、由依に電話を掛けてみた。いつものように呼び出し音が聞こえるだけで彼女は出ない。
ふと見ると、校舎の出入口が開いていた。
樹はずぶ濡れのまま校舎に飛び込んだ。そして、自分たちの教室を目指して階段を駆け上った。
わずかな望みに託して、教室のドアを勢いよく開けた。しかし、教室には誰もいなかった。
近くの廊下でクラスの女子たちと出くわした。壁や天井に飾りつけをしている最中だった。
樹は由依のことを尋ねた。
しかし、彼女の姿は見ていないよ、という言葉が返ってきただけだった。