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 由依と睨み合っている女子の顔には見覚えがあった。いつか由依を尾行していた一人に間違いなかった。

 由依が何かのトラブルに巻き込まれているのは明らかだった。


「由依、どうした、大丈夫か?」


 樹はそう呼びかけ、周りの女子を掻き分けて真ん中に出た。

 由依の目は樹をも睨みつけているようだった。ただこの激しい雨では、それすらよく分からない。

 見ると足下にはタバコの吸い殻がいくつか落ちていた。

 もしや、吸っているところを見つかったというのか。もしそうだとしたら、それは非常に分が悪い。学校側に知られたら処分されるのは間違いない。いや、それよりもこれから芸能界デビューを控えた歌手にとって、スキャンダルになりかねない。

 樹は考えた。ともかくこの事態をうまく収拾せなければならない。


「やっと来たね、待ってたんだよ」


 その声は由依ではなかった。名前も知らない、ずぶ濡れの女子だった。

 樹の頭は混乱した。

 彼女は何を言っているのか理解出来なかった。


「一体、何のことだ?」


 不快な気持ちが言葉になった。


「とぼけなくてもいいって。もうバレてんだからさ」


 その女子は続けた。


 外野からもそうだよ、という声がした。


(どういうことだ)


「だからさっきも言ったでしょ。彼も私たちの仲間なの。今まであんたを騙して、人前に引っ張り出そうとしてただけ」


 女は今度は由依に向かって言った。

 樹にはまるでその言葉の意味が分からなかった。


「タバコ吸っているのは、紛れもない事実でしょ」


 傘の中から声がした。

 由依はその声の方へ強い視線を向けた。


「私、吸ってない」

「嘘言わないでよ。じゃあ、そこに落ちている吸い殻は何よ?」


 また別の鋭い声。


「私じゃない」

「あんたじゃなきゃ、誰のものって言うの?」

「知らない。でも、もう吸ってない」


(まずい)

 由依は口を滑らせた。


「あれ? 今もう吸ってないって言ったわよね。ということは、やっぱり前は吸っていたんじゃん」


 鬼の首を取ったような勢いでずぶ濡れの女が言う。やはり失言を見逃してはくれなかった。


(この場を乗り切る方法はないのか)


 このままでは由依の将来に大きな傷がつく。


「何言っているんだよ。それは俺のだ。由依のじゃない」


 樹は咄嗟にそう言った。

 周りの女子連中は言葉を失ったように誰もが沈黙した。


「由依は吸ってない。関係ない」


 語気を荒げ、重ねるように言った。


「何言っているのよ。この子がタバコを吸っているって、あなたが教えてくれたんじゃない」

「なんだと!」


 樹は声を荒らげた。その瞬間、由依が体当たりをして包囲を突き破った。

 とっさの出来事で樹にはどうすることも出来なかった。

 ただ由依の後ろ姿だけが小さくなっていく。

 彼女を追わなければならない。

(いや、その前に)



「おい、お前たち」


 樹は凄んだ声を上げた。こんなやり方で人を脅したのは生まれて初めてだった。


「一体何をした?」

「化けの皮を剥いだだけ」


 一人がそう言った。樹はその声の主を睨みつけた。


「どういうことだ?」

「そう、かっかしないでよ。あんたもどうして、あんな不良の肩を持つの?」

「彼女は不良じゃない!」


 樹は声を張り上げた。


「タバコ吸ってたのは事実でしょ? それなのに、いい子ぶってライブに出る? 冗談じゃないわ」


 別の女が言った。


「真実を暴いて何が悪いの?」


 要するに寄ってたかって由依をいじめていた、そういう訳だ。


(これ以上、こいつらと話すことはない)


 由依を追おう。樹は彼女らを押し退け雨の中を全力で駆け出した。




■筆者メッセージ
女子ってなんか陰湿な部分ありますよね?偏見ですけど……
男子ではあまり見ないですよね?
希乃咲穏仙 ( 2022/11/20(日) 21:48 )