16
由依と睨み合っている女子の顔には見覚えがあった。いつか由依を尾行していた一人に間違いなかった。
由依が何かのトラブルに巻き込まれているのは明らかだった。
「由依、どうした、大丈夫か?」
樹はそう呼びかけ、周りの女子を掻き分けて真ん中に出た。
由依の目は樹をも睨みつけているようだった。ただこの激しい雨では、それすらよく分からない。
見ると足下にはタバコの吸い殻がいくつか落ちていた。
もしや、吸っているところを見つかったというのか。もしそうだとしたら、それは非常に分が悪い。学校側に知られたら処分されるのは間違いない。いや、それよりもこれから芸能界デビューを控えた歌手にとって、スキャンダルになりかねない。
樹は考えた。ともかくこの事態をうまく収拾せなければならない。
「やっと来たね、待ってたんだよ」
その声は由依ではなかった。名前も知らない、ずぶ濡れの女子だった。
樹の頭は混乱した。
彼女は何を言っているのか理解出来なかった。
「一体、何のことだ?」
不快な気持ちが言葉になった。
「とぼけなくてもいいって。もうバレてんだからさ」
その女子は続けた。
外野からもそうだよ、という声がした。
(どういうことだ)
「だからさっきも言ったでしょ。彼も私たちの仲間なの。今まであんたを騙して、人前に引っ張り出そうとしてただけ」
女は今度は由依に向かって言った。
樹にはまるでその言葉の意味が分からなかった。
「タバコ吸っているのは、紛れもない事実でしょ」
傘の中から声がした。
由依はその声の方へ強い視線を向けた。
「私、吸ってない」
「嘘言わないでよ。じゃあ、そこに落ちている吸い殻は何よ?」
また別の鋭い声。
「私じゃない」
「あんたじゃなきゃ、誰のものって言うの?」
「知らない。でも、もう吸ってない」
(まずい)
由依は口を滑らせた。
「あれ? 今もう吸ってないって言ったわよね。ということは、やっぱり前は吸っていたんじゃん」
鬼の首を取ったような勢いでずぶ濡れの女が言う。やはり失言を見逃してはくれなかった。
(この場を乗り切る方法はないのか)
このままでは由依の将来に大きな傷がつく。
「何言っているんだよ。それは俺のだ。由依のじゃない」
樹は咄嗟にそう言った。
周りの女子連中は言葉を失ったように誰もが沈黙した。
「由依は吸ってない。関係ない」
語気を荒げ、重ねるように言った。
「何言っているのよ。この子がタバコを吸っているって、あなたが教えてくれたんじゃない」
「なんだと!」
樹は声を荒らげた。その瞬間、由依が体当たりをして包囲を突き破った。
とっさの出来事で樹にはどうすることも出来なかった。
ただ由依の後ろ姿だけが小さくなっていく。
彼女を追わなければならない。
(いや、その前に)
「おい、お前たち」
樹は凄んだ声を上げた。こんなやり方で人を脅したのは生まれて初めてだった。
「一体何をした?」
「化けの皮を剥いだだけ」
一人がそう言った。樹はその声の主を睨みつけた。
「どういうことだ?」
「そう、かっかしないでよ。あんたもどうして、あんな不良の肩を持つの?」
「彼女は不良じゃない!」
樹は声を張り上げた。
「タバコ吸ってたのは事実でしょ? それなのに、いい子ぶってライブに出る? 冗談じゃないわ」
別の女が言った。
「真実を暴いて何が悪いの?」
要するに寄ってたかって由依をいじめていた、そういう訳だ。
(これ以上、こいつらと話すことはない)
由依を追おう。樹は彼女らを押し退け雨の中を全力で駆け出した。