15
朝から雨が降っていた。
夏休みは今日で最終日。明日はいよいよ学祭が行われる。
樹にとって今年は忙しい夏休みとなった。これほど積極的な日々を過ごしたのは初めての経験だろう。
それはギターの練習に明け暮れていたからか、それとも由依と一緒に居られたからか。それは定かではない。
夏祭りの日から由依は将来のことを一切口にしなかった。もうおそらく決心はついていて、これ以上は語る必要はないと考えているのかもしれない。
樹としても今更その話題を蒸し返すわけにはいかなかった。
心のどこかに小さな穴が空いてしまったように、四六時中、その穴から何かが漏れている感じがしていた。
どれだけ一緒に居ても、まるで心は満たされない。むしろ、その穴がどんどん広がっているような気がしていた。
そんな気持ちを吹き飛ばそうと、ギターを構えてみる。
しかし、一人の演奏は薄っぺらなものに思える。やはり由依の歌が必要だ。主役のいないドラマには虚しさを覚えるだけ。
昼を過ぎてから、樹は由依に電話を掛けてみた。
これは一体何のための電話なのか、樹自身もよく分からなかった。
(出ないな)
呼び出し音はしているが彼女は一向に出なかった。
思い返せば、由依は電話に一度も出たことがない。必要以上に人と親しくなることを避けているのだろうか。明らかに距離を置いているように思われる。
もしそうなら、彼女の携帯を鳴らすのは迷惑でしかない。
樹はすぐに電話を切った。
しばらくぼんやりとギターを眺めていた。もちろんギターは何も語ってはくれない。仕方なく服を着替えた。
何だか無性に学校へ行きたい気分になった。あの場所で会えたらいいな、そんな軽い気持ちからだった。
樹はギターケースを肩に掛け、雨の中を学校へ向けて歩き始めた。
夏休みの最後日でも学校には意外にも多くの学生の姿があった。学祭の実行委員たちだ。彼らは慌ただしく雨の中を駆けずり回り、最後の準備に余念がない。
樹の足は自然と体育館へ向いた。
館内をそれとなく覗いてみると、特設ステージの飾り付けもすっかり終わり、いつもは質素な体育館が華やかに生まれ変わっていた。
明日はあの舞台に立ち、大勢の観客にギターを披露するのかと思うと、わずかに足が震えるようだった。
そして、立ち止まることなく体育館の裏へと向かう。
いつもの場所に由依が居るかどうかは分からないし、仮にいなくてもよかった。とりあえず、あの階段に座ってしばらく考え事でもしよう、そんな気分だった。
雨は徐々に激しさを増してきた。
雨粒が屋根を強く打ちつけている。それはまるで拍手のように聞こえてくる。明日は絶対に成功させたいと強く思った。
樹は身体やケースが濡れないように、体育館の軒先に沿って歩いた。しかしそんな努力もこの強い雨にはあまり意味がないようだった。
(こんな強い雨の中、いるはずもないか)
樹はわざわざここまで来たことを後悔し始めた。
しばらくすると、目指す方角から女性の声が幾重にも重なって聞こえてきた。その声は雨の音に負けじと大きなものだった。
(なんだ?)
いつもは静かな体育館の裏で何か異変が起きていた。
樹は悪い予感を抱いて、自然と足を速めた。
階段付近に傘を差して群がっている集団がいて何かを取り囲んでいるようだった。
樹は慌ててその集団に近寄った。ただならぬ気配を感じる。
その間を押し除けるようにして、視界を確保した。
そこには傘も差さないずぶ濡れの由依が立っていた。白いブラウスが身体に張りついている。
由依ともう一人の女子生徒が対峙していた。
その女子も激しい雨に身を任せたままである。お互いが睨み合っている。
「おい、何しているんだ」
樹は思わず叫んだ。
その声に居合わせた生徒たちが一斉に振り返った。全員が女子だった。