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樹と由依は体育館にいた。
前の出場者が楽器を片付けるのを二人は舞台の袖で見届けた。
ベルが鳴り、番号が呼ばれ、ゆっくりと舞台の中央へ進む。
今舞台を見守っているのは、運営委員と一部の出場者だけ。
明日はどれだけの視線が注がれることになるのだろうか。
「では、お願いします」
委員のマイクの声ががらんとした館内に響く。
樹は目の前にあるマイクに向かった。
「二年一組、江坂樹です」
「小林由依です」
由依の声が拡声した。
まるでオーディションを受けているような錯覚に陥った。
(何としても成功させてやる)
開いた扉から生徒の一団がなだれ込んできた。さっき校庭で演奏を聴いた者たちが、どうやら友達を連れてきたようだった。
演奏を開始する前から何人かの拍手が鳴った。
樹の心は意外にも落ち着いていた。由依に目配せをしてから演奏を始める。
由依の声がマイクに吸い込まれていく。それは大型スピーカーを通して増幅され、圧倒的な迫力を感じる。美しい歌声は体育館の空気を震わせた。樹は由依の伴奏ができることが誇らしく思えた。
演奏が無事終わると、あちこちから拍手が沸き起こった。初めて由依の歌声を聴いた者は、高校生とは思えぬその歌唱力に驚いているようだった。
舞台から下りてもまだ拍手は止まなかった。
知らない人たちが、次々と声を掛けてきた。
「素晴らしかったよ」
「息ぴったりで素敵だった」
由依は少し離れたところで包囲されてしまっていた。投げかけられる賛辞を身体に受け止めていた。
樹はある先輩から声を掛けられた。
「なかなかやるね。アコギもいいもんだな」
また別の先輩が言う。
「君、二年だったよね。軽音楽部に入らない?」
「サビの部分は少し抑え気味にした方がいいかもな。彼女の歌声をメインに持っていけば、もっとよくなると思うよ」
見ず知らずの人たちから、こんな風に話し掛けられたことは今までなかった。どんな反応を返してよいのか、内心焦ってしまう。
由依の周りにもちょっとした人だかりができて、彼女はなかなか解放してもらえそうになかった。
しばらくして、一志がジュースを買ってきてくれた。
「完璧だったな」
「ありがとう」
樹は素直に受け取った。
「小林さんって本当に凄いな。いきなり人気者だよ」
一志の由依を見る目がすっかり変わっていた。
樹はそれが嬉しかった。由依はまだみんなに囲まれている。笑顔を絶やすことなく、一人一人に応じていた。
そんな姿を見る樹は複雑な気持ちが湧いてくるのを禁じ得なかった。