13
二人は木陰に入った。ここからは校庭が見渡せる。時折吹く風が木々の葉を揺らし、乾いた音を奏でた。
しばらくすると、約束通りに一志が現れた。不機嫌そうな顔で立っている一志はまだ由依を敬遠しているような感じだ。
そんなことは構わず樹は紹介を始めた。
「一志、こちらが小林由依さん。彼女の歌は最高だぞ」
次に由依の方を振り返った。
「こちらが俺の友達の城野一志。去年同じクラスだったんだ」
由依の目がわずかに輝いた。どうやら、最初の観客となる人物に興味を持ったようだ。
「樹くんのお友達? よろしくお願いします」
お辞儀をすると髪が肩からこぼれた。
「よし。じゃ、ちょっと弾いてみるから、聴いてくれよ」
「はいはい」
一志は軽く手を挙げ、石のブロックに腰掛けた。
「じゃ、行くよ」
樹は由依に目で合図を送った。
前奏が始まった。この前奏のパートだけでも樹は何度練習したことか分からなかった。今ではもう身体に染みこんでいる。
(ここまでは俺のペース)
樹の右腕だけが曲をリードする。そこへ由依の歌声が合流してくる。
彼女の澄み切った声が辺りに響いた。それは校庭の隅々までも届いているようだ。そして、ついには大空へと吸い込まれていく。
一志の顔がみるみる変わっていくのが分かった。
(予想通りだ)
樹の思惑通り一志は予期せぬものを目の当たりにし、度肝を抜かれたように口をぽかんと開いたままでいた。
その反応に樹の中に自信が湧いた。
ペースはどんどん上がっていく。樹は由依の歌声にしっかりついていけている。
樹は腕が痺れるほど、強く速くストロークした。身体が浮かび上がってくる感覚。このまま歌声に乗って、どこか遠くまで飛んでいけるかのように思えた。
彼女は最後までしっかりと歌い上げた。しかしまだ伴奏は続く。
(まだ最後の一仕事がある。由依を無事に送り出すんだ。悔いのない様に旅立ちを見守ってやろう)
樹はただそれだけを考え、最後まで力強く弦を弾く。
そして、最後の弦を弾いた。演奏が終わると校庭には静けさが訪れていた。
しかし、ギターの音色がいつまでも鳴り止まぬ余韻があった。演奏は終わったというのに、周りの空気は共鳴し続けていた。
一志は立ち上がって拍手をした。驚いた目をし、いつまでも拍手をし続けた。
それに重なるように、別の拍手も聞こえてきた。音の行方に目を向けると付近に8人ほどの人垣ができていた。
(いつからいたんだ?)
演奏中はまったく気づかなかった。彼らは互いに顔を見合わせて頷き合っている。
樹は由依が隣で自分に視線を向けているのが分かった。その視線を痛いほどに感じながら、ゆっくりとギターを置いた。
「凄いよ」
「上手だったわ」
近付いて来た一志と由依の声がぶつかった。樹の中には満足感だけがあった。ついに完成したんだ、と感慨深くもなった。
「ホント、凄いよ。格好良すぎる。どうやってこんなにできるようになったんだよ?」
一志は興奮している。
「いや、凄いのは俺じゃない。彼女の方だよ。俺は引き立て役に過ぎない」
「あぁ、確かに小林さんの歌は上手だった。なんつうか、プロっぽいって言うの? 高校生の次元じゃない」
「ありがとうございます」
一志の賛辞に由依は小さく礼を言った。
「けど、お前のギターも良かった。圧倒的な迫力が感じた」
「私もびっくりした」
一志の言葉に賛同して由依も横から言った。
「前よりも、うんと上達してた」
二人の言葉を聞いて、樹は素直に嬉しくなった。
(由依と組んでよかった。彼女がいたから、ここまで来られた)
樹は見えないように小さくガッツポーズをした。
「これは、ひょっとすると優勝も狙えるかもな」
一志が真面目な顔をしてそんなことを呟いた。