09
あっという間のショーだった。最後の一発が夜空を彩ると、辺りは急に静けさを取り戻した。
火薬の匂いだけが河川敷に残されていた。あちこちで拍手が沸き起こっている。
「とても綺麗だったわ」
そう言って、小林は立ち上がるとスカートのお尻を叩いた。樹も黙って腰を上げる。
花火大会が終わると一斉に観客が同じ方向に動き始めた。家路を急ぐという目的は皆同じ。人の波が延々と遠くまで続いていた。
二人はそんな波に押し流されるように堤防を進んだ。
「はぐれちゃいそうだね」
小林は樹の手を握った。樹も無言で握り返り、黙ったまま小林のことだけを考えた。
(この手の温もりを大切にしたい)
「ねぇ、ちょっとそこで休まない?」
しばらく歩くと小林の指は小さな公園に向けられていた。
「そうしようか」
二人は人波から離脱し、堤防を下っていった。小道を行くと誰もいない空間に出た。真ん中には外灯が立っていてその下にベンチがひっそりと置かれた公園だった。
握っていた手を思い出したかのように離すと、小林はベンチに腰掛けた。
樹の手にはまだ小林の温もりが残っていた。手が離れた後も手が少し汗ばんでいたのが分かる。風を受けてすうっとする感じがあった。
樹は公園の外に自販機を見つけると、ジュースを買って戻って来た。一本を小林に手渡してから隣に腰掛けた。
樹の耳にはまだ花火の余韻が残っている。空を見上げれば、続きがまた打ち上がるような気がする。
「今日は、来てよかったね」
ジュースを一口飲んでから小林が言った。
「あぁ、そうだね」
「今夜は楽しかった」
小林は心底嬉しそうな声で言う。
「これが青春ってやつかな?」
樹はいつかの台詞を思い出して言った。
「そうね。……これが青春かな」
小林は笑った。頭上の明かりが二人の姿を闇に浮かび上がらせていた。それはまるで舞台に立つ役者を思わせた。樹は自然とライブのことが頭をよぎった。
「昨日、江坂くんのギターを聞いてびっくりしちゃった」
小林が突然言い出した。
「どうして?」
「だって、最初は全然弾けないって言ってたし。本当はギターやってたんでしょう?」
「いや、本当に弾けなかったんだ」
「嘘。すぐに上達するはずないわ」
(君のために毎日練習したんだ。君の顔を思い出して弾いていたんだ)
そう言ってもいいのだろうか。樹は自問自答した。しかし、それは躊躇われた。
小林は黙って樹の顔を覗き込んだ。何も言わずにただ凝視している。まるで言葉を待っているようだ。
しかし、どんな話を切り出せばよいのか樹には分からなかった。
お互いが言葉を譲り合って、気まずい空気が流れていく。
小林は樹から視線を戻すと、真っ白な足を交互にばたつかせるようにした。
「どうして今日は俺を誘ってくれたんだ?」
思い切って訊いてみた。やはりどうしても訊いておかなければならないことだった。
「実は話しておきたいことがあって」
小林は神妙な顔をして言った。
この日の小林は様々な表情を持っていた。これほど感性豊かな少女だったのかと驚くほどに。教室の彼女はやはり別人に思われた。
「もしよ」
小林が言葉を切った。
「もしも、私が芸能界デビューするって言ったら、どうする?」