08
しばらく歩いて行くと、徐々に祭りの喧騒が二人を包み込んだ。
大きなウサギの風船を持った子どもが父親の手に引かれて歩いてくる。食べ物を頬張りながら闊歩する中学生らとすれ違う。
小林は左右に屋台が並ぶ道をゆっくりと歩く。そんな彼女に歩幅を合わせて樹もゆっくりと歩いた。
樹はふと桜の季節を思い出した。
(そう言えば、初めて会った日も彼女はこうして物珍しそうに歩いていたな)
「祭りは初めて?」
「初めてじゃないわ。昔、家族と一緒に来たことがあるの」
「俺も同じ」
「そうなの? 去年は?」
「一緒に来るような友達もいないからな。もうずっと来てなかった」
「私もそう」
「お互い友達がいない者同士って訳だ」
樹がおどけて言うと小林は髪を揺らして笑った。
「でも、今日は違う……よね?」
そして、真面目な顔で言った。小林の瞳は樹をしっかりと捉えていた。
祭りの屋台は昔と何ら変わらない。食べ物を売ってるすぐ横で金魚すくいをやってたりもする。ゲームが普及した今でも、昔ながらの素朴な遊びをしたくなるのは何故だろう。きっとゲームの原点が実はここにあるからかもしれない。
樹は小林と射的の屋台に来ていた。
小林は身体を曲げるようにして銃を構えた。そして、的のぎりぎり近くで発射した。だが、的は当たってもびくともしなかった。熱くなって何度かやるも、戦利品は小さなクマのぬいぐるみ一つだけであった。
小林の隣で樹は『才能』というものを考えていた。
(小林には歌という立派な才能がある。それじゃ俺は? 俺には何がある?)
(さっきは似た者同士だと笑ったけど、才能では小林の方がはるかに上回っていて、俺は彼女の目にはちっぽけな人間に映っているはず。……情けないな)
辺りがすっかり暗くなって人々が移動を始めた。どうやら花火大会が始まるようだ。二人も堤防を上がって、並んで土手に座った。仄かに夏草の薫りがした。
花火が一発打ち上がる毎に観客の歓声が沸いた。漆黒のキャンバスに真っ白な模様が描かれる。その模様は重なりあって、予測のつかない複雑な造形を生む。同時に身体を芯から揺さぶる大音響が見る者を圧倒する。
樹はこっそりと小林に視線を向けた。小林の目は大空に描き出される瞬間の芸術にすっかり奪われているようだった。そして、その一つ一つを目に焼き付けるように見入っていた。
(やっぱり、小林のことが好きなんだろうな)
恋心と呼ぶにはまだ形ははっきりとはしていない。しかし、小林の不思議な魅力に惹きつけられている。
(小林はどう思っているのだろうか?)
樹は小林の横顔を盗み見しながら考えた。小林は樹の気持ちに気づいているのだろうか。
(今はただ彼女と一緒に居たい)
答えはなくても、樹は静かにそう願った。