06
その日は樹にとって時の経つのがやたら遅く感じられた。加えて朝から何をやっても手につかない感じだった。
(どうしてだろうな)
樹は一度は構えたギターを傍に置いて考えた。小林が積極的に自分を誘ってくれた。人と接することを頑なに拒否してきた彼女からの誘いだけに樹は内心驚き、また嬉しさもひとしおだった。
これまで地元の祭りなど大して興味も湧かなかった。人混みよりも静かな場所の方が自分の性に合っていた。
しかし、今回だけは違った。夕方がとても待ち遠しく感じられた。誰かが自分を待っているという期待感に心が躍る。
(小林も同じ気持ちでいるのかな?)
少しばかり口元が緩くなっている気がするのを感じながらも、気をつけろよといつか一志が言っていたのを思い出した。
確かに彼女は学校でタバコを吸っていた。周囲の悪い噂は本当だった。あの時ばかりは樹も正直、彼女に騙されていたのだと感じた。しかし、彼女は開き直ることもせずにいきなり謝った。
その瞬間、樹には何故か彼女を他人とは思えない見えない鎖で繋がっているような気がした。
(あの感覚は何だったんだろうな)
本来なら彼女を突き飛ばし、さっさと立ち去ることだってできたはず。しかし、その場に踏みとどまった。ライブの出場も取りやめよう、頭ではそう結論を出しておきながら、実際にはそんな気はさらさらなかった。
むしろ、彼女とこれからも一緒に居よう。そんなことを考えていた。
(なんでだろうな?)
彼女の孤独をこれ以上放ってはおけないと思ったのだろうか。でも、それはまでが引き受けるべきことではない。
(いや、そうじゃない。そんなことだからこそ、俺にしかできないんだ)
樹はそう考えた。だが、心のどこかでは小林のことを完全に信じられない自分もいた。タバコが見つかって、ひどく慌てていた。瞬時にこの先の不利益を予測した筈である。
もしかすると祭りに誘ったのは実はまるで別の考えがあってのことではないかという気もしていた。すなわち、このままではライブに出られなくなってしまう。彼女としてもその機会だけは失いたくなかった。そこで自分との関係を修復しておこうと算段した。例えそうであるなら、彼女は自分のことを最大限に利用しようと考えていることになる。
(別にそれでも構わないか)
どこか寂しさはあるが、それで彼女の学校生活に弾みがつくのであれば、それでよいのかもしれない。そう考えていた。