学校は夏休みも開放されている。校門付近の木々が風に揺れ、蝉の大合唱に包まれながら樹は目的地へと向かった。


　グラウンドからは練習に打ち込む運動部員の声が聞こえ、それに覆い被さるように、音楽室からはトランペットの不安定な音が流れていた。


　樹の足は体育館へ向いていた。ライブに出場する連中が体育館で練習している。そんな彼らの様子を見ておきたいという気持ちもあった。


　体育館に近づいていくと、様々な楽器が入り混じって聞こえてきた。それとなく館内に目を遣ると、数人が集まって練習に励んでいた。入念に音合わせをする者、本番さながらに演奏する者、激しいダンスをする者達がひしめき合っている。


　樹には一人でその中へ入って行く勇気はなかった。そこで小林に教えてもらった裏の階段を思い出した。あそこなら静かで練習には最適かもしれない。


　ギターケースを担ぎ直して歩き出した。


　やはり思った通りだった。体育館から楽器の音が漏れてはいたが、人の気配はまるでなく、ひっそりとしていた。まさに穴場と呼ぶに相応しい。


　樹は階段を昇った。階段を折れたところで人の気配がした。

(先客が居たのか)

　思わず視線を上げると、そこには小林の姿があった。


　樹は心底驚いた。まさか彼女と出くわすとは思ってもみなかった。小林も突然の来訪者にびっくりして、慌てて何かを隠すような素振りを見せた。しかし、樹はその手が覆い隠した物を見逃さなかった。


　煙草の箱だった。彼女は人目につかないこの場所で煙草を吸っていた。


「もうびっくりしたじゃない」


　樹の姿を認めると彼女は言った。しかし、その声は不自然に大きく、裏返っていた。明らかに動揺を隠せないといった様子だ。


「やぁ」


　樹は冷静に返す。やはり、小林は煙草を吸っていた。しかも校内でだ。その行為はひどく挑戦的なものに思えた。噂は本当だった。

　樹は知らずに怒りがこみ上げてきた。これまで彼女を擁護してきた自分が、ひどく滑稽に思えた。ライブに参加する気も一気に失せてしまった。


「それ、前から吸ってたの？」


　樹は小林を真っ直ぐに見据えて言った。有無を言わせぬ強い口調となった。自分にはそれを言う権利があると思った。小林はあっさり観念したようだった。


「ごめんなさい」

「俺に謝ってどうするんだよ」


　樹は吐き捨てるように言った。ひどく裏切られた気分。これまで必死になっていた自分が裏でせせら笑われていたような気がした。


　樹の問いに小林は何も答えなかった。ただただ俯いていた。まるで粗相をした召使いが主人から許してもらうのをじっと待っているように。