03
夏休みが始まる直前、学祭の案内が生徒に配布された。
クラスやクラブ主催の催し物が企画され、模擬店もいくつか予定されていた。そして有志ライブの参加者も発表された。
小林が樹とライブに出場することを知ったクラスメートは誰もが驚きを隠せなかった。教室はしばらく二人の話題で持ちきりになった。
それもそのはず。日頃孤独に過ごす小林と、地味で目立たない樹が一緒にステージに上がる。驚かない方が不思議だった。
そんな中でも小林はいつも通りマイペース。周りの声には一切無反応だった。一方、樹は人々の注目を浴びるようになり、教室は居心地が悪いものとなった。こんな時、人前でどんな顔をすればよいのかが樹には分からなかった。
体育の時間、一志が樹の前に立ちはだかった。樹の性格をよく知るだけに一番驚いたのは彼かもしれない。
「おい、本気か?」
開口一番いきなりそんな言葉を投げかけた。
「あぁ、もちろん」
「学校中の笑い者だぞ」
「なんで?」
「なんでって、分かるだろ。よりによってあの小林と一緒だなんて。一体どういうつもりなんだ?」
「彼女は歌が上手いから大丈夫だ。むしろ心配なのは俺のギターの方だよ」
「そういうことを言っているんじゃない。どうしてあんなヘンなヤツと組むんだ?」
「別にヘンじゃないさ。みんな彼女を誤解しているだけだ」
「どうなっても俺は知らないからな」
平行線を辿る議論に一志は怒ったように言い残し立ち去った。樹は不安な気持ちを焚きつけられた。
(二人して学校中の笑い者、か。確かに俺には人に誇れる才能はない。けど、一人でステージに立つわけじゃない。彼女がいる。彼女の歌声はきっと学校中の生徒を魅了するに違いない。ギターはそんな彼女の邪魔にならない程度でいいのだ。きっとうまくいく)
樹はそう自分に言い聞かせた。
夏休みに入ると樹はギターの練習に明け暮れる毎日だった。
自分でも着実に上達しているのが分かる。最初はおぼつかなかったコード進行も、今では完璧に頭に入っていた。後はいかに自然に演奏できるようになるかだけだった。
小林とは明日、学校で会う約束になっていた。だが一刻も早くギターを聴かせてやりたかった。これだけ仕上がっていれば、音合わせだって十分可能である。それに自身の上達ぶりを彼女に褒めてもらいたかった。
樹は小林の携帯に何度か電話を掛けてみた。しかし、呼び出してはいるものの一向に出る気配はなかった。
諦めた樹はギターを抱えて学校へ出向いた。明日になれば彼女と会える。焦る必要はないにも関わらず。