07
翌朝、教室に入ってきた小林は綺麗な顔をしていた。腫れも引いた顔を見て樹は一安心した。もしかすると、学校に来なくなってしまうのではないかと危惧していた。
しかし、その反面、他人の優しさに触れ、孤独でないことを悟ったのであるなら、小林は必ず姿を見せてくれる。そんな自信も少なからずあった。
樹は小林の姿を見て素直に嬉しかったが、すぐに彼女の異変に気付いた。様子がいつもと違う。はっきりとは断言できないが、いつもの彼女らしさが消えていた。慣れないことをする前の緊張感が身体からひしひしと伝わってくる。こんな小林を見るのは初めてだった。
「おはよう」
小林は樹の顔を見ると軽く頭を下げた。
(先に挨拶された。妙な気分だ)
樹は積極的に小林が話かけてきたことに少々驚いたが挨拶を返し、小林の顔を近くで観察した。
唇が少し腫れている。それでも大きな腫れは見事に消え、つるりとした顔がそこにあった。
「おはよう。昨日は大丈夫だった?」
樹は優しく声を掛けた。
「はい、何とか」
昨日のことをきっかけに、小林は湯水の如く喋り始めるのではないかと期待したが、さすがにそうはいかなかった。小林が席に着くと、そこで会話を終わってしまった。
お互いに言葉は交わさなくても樹は小林の味方でいるつもりだった。この学校で自分だけは彼女の理解者でいる気でいた。
「あ、そうだ」
小林は急に思い出したかのように声を上げた。しかしそれは、実はシナリオ通りで、彼女は切り出すタイミングを見計らっていたように思え、樹は小さく笑みを浮かべた。
そんな樹の心中を知らずに小林は鞄から何やら取り出した。それは小さな紙袋。赤と白のストライプがクリスマスを連想させ、上部にはご丁寧にもピンクのリボンまで掛けてある。
「はい、これ」
小林はその紙袋を無造作に樹の机に置いた。一瞬、何のことだか理解できなった樹だが、状況から察するに、どうやらこれは自分への贈り物であるらしいと思い至った。
(もう少し説明が欲しいところだな)
樹は半ば呆れて横を見るも、すでに小林の顔はこちらを向いていなかった。どう見てもプレゼントを人に贈るやり方ではない。
「これ、俺に?」
樹は半信半疑で確認してみた。
「そう。昨日のお礼」
どうやら小林は日本史のノートのことを言っているらしかった。それにしても大袈裟な外装だ。中には何が入っているのか見当もつかない。
「別にお礼なんていいのに。ま、でも貰っておくよ」
口ではそう言いながらも、樹は嬉しかった。彼女との距離が一気に縮まった気がしたからだ。
「ノートが入ってるの」
小林はそう付け足した。ノートにしては紙袋が異様に膨らんでいる。どうやらノートだけではなさそうだ。手に持つと、ビニール袋がかさかさと音を立てた。
樹はそれ以上、何も言わずに紙袋を耳元まで持っていき、二度三度振って音を確認した。
そんな奇妙な樹の行動に小林も小さく笑っていた。