12
ホームからは初夏の海が見えた。夕方とは言え、昼間とは変わらぬ熱気が身体を包む。
小林はゆっくりと改札まで歩いていく。
(……そろそろ、かな)
樹は小走りで二人の近づいた。小林の背中が見えなくなったのを確認してから、小さく声を上げた。
「おい、待てよ」
前を行く二人が同時に振り返った。
「あんたは……」
「彼女に近づくのは止めろよ」
なぜか樹には尽きることのない勇気が湧いていた。日頃、人に声を掛けるのも躊躇するくらいなのに見知らぬ女子を相手にこれほどきっぱり注意できるのが不思議でならなかった。怖いと思うことさえなかった。胸に宿った正義を貫く気持ちが樹を支えてくれていた。
「か、関係ないでしょ!」
片方が感情的な声を張り上げた。その声があまりにも大きかったので、先を歩く乗客が一斉に振り返った。すかさず駅員も飛んできた。
「どうしましたか?」
「いえ、何でもないんです」
もう片方が努めて穏やかに言った。乗客の多くが足を止め、何事かとこちらを見守っている。
その中に小林の顔もあった。
(しまった、見つかった)
思わず樹は小林の視線から逃れるように顔を背けた。
駅員への説明が続いていたが、樹にとってそれはもうどうでもよかった。
「私たちは同じ高校の知り合いなんです」
そう言って一人が有無を言わさず、樹の腕を引っ張った。そして、三人揃って何事もなかったように改札を出た。
改札の先には小林が待ち構えていた。
(小林はどんな気持ちでいるだろうか)
樹はまだ彼女の顔を見られなかった。
「あなたたち、私をつけてきたの?」
小林が口を開いた。その声はひどく挑戦的なものであった。その響きに、二人の女子もさすがに恐れをなしたのか何も言わずにその場をさっさと立ち去った。
しかし、樹はその場で動けなかった。いつしか駅に人の流れはなくなっていた。駅の待合には小林と樹だけが取り残されていた。
(どう説明すれば分かってもらえるのだろうかな)
樹の頭にはただそれだけが巡っていた。
「あなたも私をつけてたの?」
小林は意外にも穏やかな声で言った。
「うん……いや、君のことが心配でつい。ごめん」
言葉が喉に引っかかるように素直に話した。
「そんな心配、要らないのに」
小さく息を吐いた小林は背中を向けるとさっさと歩き出した。樹も無言でその後に続く。
駅のすぐ裏は海が開けていた。小林はコンクリートの階段を下りていく。途端に潮の香りが強くなった。
海開きはまだ先だからか、海岸に人影はなかった。遠くの方で犬を散歩させる人の姿が見えた。