10
「よかったらさ、一緒に帰らない?」
期末試験が終わった後、樹は思い切って小林に声を掛けた。
教室の中は重圧から解放された生徒たちの笑顔で満たされている。みんな、この時を待ち望んでいたらしく競うように教室から出て行く。ずっと朝から缶詰だったここを一秒でも居たくないという心の表れだろう。
(なんで積極的になれたんだろうな)
喧騒の中に産まれた静寂に樹はどこか冷静になって分析した。ただ、小林ともっと話す必要があるという気がずっとしていた。
「……」
小林は帰り支度の手を止めて樹を真っ直ぐに見つめ、すぐには答えなかった。
「ごめんなさい。また、今度」
ふと、我に返ったかのように、再び鞄に移す教科書へと視線を戻し小林は短く答えた。
「そう………」
樹は小林がまだ己が想像しているほど、心を開いてはいないのだと寂しさを感じた。
「さよなら」
小林は鞄を手にすると教室を出て行った。彼女は部活に入っていない。
(家の用事か。いや、俺のことを避けてるのかもな)
一人残された樹はそう思うと気が重くなった。小林のことを諦め、とぼとぼと教室を出た。
廊下のずっと先に小林の後ろ姿が見えた。
(いた)
樹が歩みを速めようとすると、突如目の前に他のクラスの女子が二人、割り込んできた。二人は目配せをすると身を屈めるように小林の背中を追っていく。
樹は一瞬にして全てを理解した。
(……こいつら、小林の後を付けて、何か悪事を働かないか監視しようってわけか。まだこんな嫌がらせが続いてたのかよ)
樹は苦虫を噛み潰したような表情で小林を追う二人と付かず離れずの距離でついていった。
当の小林は何も気づかぬように校舎を出ると、そのまま校門を抜けた。
まるで刑事ドラマの尾行だった。樹の前を行く二人はあれで探偵を気取っているつもりなのか時折、目配せを交えて小林を追う。樹もそんな二人に続いた。もしも彼女らが小林に危害を加えるようなことがあるなら、阻止しなければならない。
『放課後ヤバい所に出入りしたり、校内でタバコを吸ってるって話だ』
いつだったか、一志が言っていた話を思い出した。小林に関するよからぬ噂だ。それをあの二人は見届けようというのだろうか。
三人は坂を下り始めた。先頭を行く小林は帰りも歩くのが遅かった。まっすぐ自宅を目指しているようには見えない。やはりどこかに立ち寄るつもりなのだろう。
小林は足が絡んでしまうような、どこかふらふらした動きで進む。この後、誰かと待ち合わせをしている様子はない。
そんな歩き方で小林は駅前通りを抜けていく。色鮮やかな商店街の飾り付けに目を奪われているようだ。