08
朝のようなイレギュラーがありながらも、いつもと同じ昼食の時間を迎えていた。
小林は相変わらずのんびりと菓子パンを食べている。それはまるで何かの作業のようで決して楽しそうには見えない。
樹は小林に話掛けたくなっていた。少しでも楽しい気持ちになってくれれば、そんな願いからだ。
さっさと食事を済ませると樹は小林から貰ったプレゼントを机の上に置いた。これをきっかけに自然に話ができるような気がした。
「小林さん、これ開けていい?」
「あなたの物だから、ご自由に」
小林の言葉を受け、袋を開けると中からはクッキーの詰まった透明な小袋と新品のノートが一冊出てきた。
「こっちは美味そうだね」
樹はクッキーの小袋を手に言った。昨日のお礼としては、やや大袈裟に思われた。たかがノートを書き写したぐらいでお菓子まで付けるものだろうか。
「これって、もしかして、手作りとか?」
小林はそう言われ、樹の方に向き直った。
「いいえ。市販品を買ってきて、その袋に詰め替えただけ」
「あ、そうなんだ」
(余計なことを言ってしまった)
樹は己の軽率さを呪った。
「料理、苦手だから」
しかし、当の小林は特に表情も変えずにそう言うと、またパンを口に入れる作業に戻ってしまった。それ以降、小林が樹の方に視線を向けることはなかった。
しかし、その日を境に2人は多少なりとも話をする間柄になった。とは言え、彼女は積極的に話掛けてくるわけでもなく、樹の言葉に相槌を打つぐらいのものである。しかし、それだけでも大きな進歩だと樹は満足だった。
その後、学校内で小林に対する露骨な嫌がらせは樹の知る限りは起きることはなかった。それでも、悪い噂話だけは学校中に広まり、人を寄せ付けない性格と相まって彼女は次第にみんなから無視されるようになっていた。
季節は移ろい、夏休みが目前に迫っていた7月のある日の休み時間。
樹の前に期末考査と三者面談が立ちはだかっていた。これらを乗り越え、初めて夏休みが許される。いや、試験の結果によっては、強制的に補習になることも考えられる。そうなると夏休みどころではない。
(そう言えば……)
小林の成績はどうなのだろうかと樹は興味がわいた。授業を真剣に受けてはいるものの、小テストの結果は芳しくない。以前、樹が盗み見た小テストの点数は遊び呆けている樹とそれほど変わらなかった。どうやら小林は本番に弱いタイプのようだった。
椅子に背を預け欠伸を噛み殺した樹の後ろを2人の女子が話をしていた。
「もう進路調査のプリント。提出した?」
「まだ。これって、今度の面談の資料になるらしいから適当に書けないよね」
2人の会話を聞きながら樹は机の中から1枚の紙を取り出した。それは話題に上がっていた進路調査の用紙だった。未記入のそれを指で弾き天井を仰いだ。
(勉強が得意ではないし、これまで打ち込んできたスポーツもない。人付き合いも上手な方ではないし、これといった特技も見当たらない。どんな将来があるのだろうな)
先のことを考える時、決まって自己嫌悪に陥る。
(小林は将来のこととか考えているのかな?)
樹は主のいない無人の机に目をやった。