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頭に大袈裟な包帯を巻かれた俺は帰るのも気が重かった。多分、大騒ぎされるに違いない。
過保護な親ではないけど、さすがに帰ってきた息子が包帯巻きで帰ってきたら、人並みには驚くだろう。
でも大変だったのはそれからだった。学校側にしてみれば、遊んでいたならともかく、校内で生徒会の職務中での負傷。下手したら管理責任を問われる事態。
俺が一人で保健室へノコノコと歩いてる途中、たまたま通りかかった教師がこっちが驚くほど大騒ぎしてくれて、まずは病院へ、という話になったけど、もう血が止まりかけていたから、傷は大したことがないだろうと思っていた。保健教諭がすぐに傷の具合を見てくれたけど、さすがに場慣れしているだけあって、少しも騒ぐことはなかった。
「舐めときゃ治るよ。でも自分じゃ無理だろうから彼女にでも舐てもらいなさい」
高校生には少々刺激の強すぎる冗談を飛ばしていた。
それでも教師側のたっての願いで、俺の頭に大袈裟な包帯が巻かれている。
「傷自体は大したことはないけど、傷口が開くと出血も酷くなる。後始末も大変だし、化膿しないように注意も必要よ」
ということで、俺には傷口が塞がるまでの洗髪禁止令と運動禁止令が下されてしまった。
いや、運動禁止って。
通学がすでに充分な運動だと思うんですよね。
丘の上にある学校目指して自転車漕ぐってこと自体がね。
「なんとかしなさい。傷がきれいに塞がればともかく、変に化膿なんかしたら、異臭はするわ、痛いわで大変よ。もっと言えばその辺りから毛が生えなくなるわよ」
そいつは大問題だ。怪我したのは右側頭部、思いっきり髪の中。別に目立つ場所じゃないけど、自然に生えなくなるまでは生えていてもらわんと困る。
自分の不注意もあっての怪我なので文句はいえない。
「しばらく自転車以外で考えてみます」
保険教諭にはそう言ったものの、自転車以外となると、歩きかバス。ただ、家からバス停が遠い上に本数が少ない。
電車ならと都会の人なら考えるんだろうけど、残念ながらうちの高校と家から近い駅の鉄道路線とは接点がない。
車で送り迎えしてもらう当ても無いし。うちは両親共働きで、残念ながら兄や姉もいない。
「本数の少ないバスに頼るしかないか」
保健室から出た俺がため息を吐くと治療中ずっと保健室の隅にいた柚菜が俺の背中にくっついてきた。
いや、くっつくってほど大胆なことはしていない。
俺の制服の裾を摘まん、軽く引っ張っていた。その距離が非常に近いというだけ。
「すごい心配しました」
「ごめん、不注意だったわ」
「怪我のこともあるんですけど……」
「?」
よく理由を聞いてみたら、怪我をした直後、俺にすさまじい形相で睨まれたことをいっているらしい。
いや、睨んだつもりは無いんだよ。あれは目に血が入った後だったから、多分、まともに開いてない目で無理やり柚菜を見たからそういう目になっちゃっただけ。
そんな俺の思いは百も承知のようで。
「事情はわかってますよ。でも、あの目が怖かったのは事実ですから」
柚菜は譲らなかった。怒っているというより、かまってほしいだけにも見える。
そこでふと気付いた。もう夕方の帰る時間だ。
怪我をした時点で5時を回っていた。保健室で治療やらをされて、既に時計は6時を回っている。
柚菜はつい最近、熱を出して寝込んだ前科がある。家族、特に父親がひどく心配していた。
門限は基本7時。
「早く帰らないと、あの目より怖い人が待ってるんじゃない?」
俺は深く考えず、ただ頭に浮かんできたことをそのまま口にした。
途端に制服を強く引っ張られた。ぐいっと上半身が後ろに傾く。
「私は早く帰れってことですか?」
あ、怒ってる。
「そういう意味じゃないよ」
できるだけ気楽そうに、フォローは限りなく早く、そして相手を先回りしてこそ。
「これから長く付き合っていくためにはさ、周りから認められないと。まずは柚菜んちで一番怖そうな人から信頼してもらえるようにしないとね」
思慮深く聞こえる発言だけど、もちろん今考えて出てきた言葉。
けど、うそじゃない。言いながらその通りだと自分でも納得できた。
「ずっと一緒にいたいなら、最初が肝心でしょ?」
言いながら柚菜の手を握る。柚菜は手を握られた瞬間に体をぴくんと震わせ、それから俯いて、俺の手をきゅっと握り返してきた。
「ずるいよ……」
「へ?」
突然何を言い出すのかと、俺が首をかしげると、柚菜は俯いたまま俺の胸元辺りを見て、ぼそっと呟いた。
「そんな風に言われたら、帰りたくないなんてわがまま、言えなくなっちゃう」
なんて、可愛いらしいことをっ!
ずるいのはどっちですか!