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俺が困っているだけで、ろくに反応しなかったのにイラついたのか美波さんは続けた。
「ちょっと褒められたくらいで動揺してんじゃないよ、しょーもない」
「す、すいません。ってか、褒めてたんですね」
「貶しちゃないでしょ」
「いや、褒め殺しなのかな、と」
「褒め殺してどうすんのよ、奢ってくれるって相手を。それ以上何か欲しいの?」
「いやいやいやいや」
慌てた振りをする。
つい最近まで、モテた経験も無ければ、バレンタインに妹とオフクロ以外からチョコをもらった経験もない哀しい青春を送ってきた男に何を言い出すのだろうか。
俺はこの期に及んでも美波さんの言葉の意図を探り出そうとしていた。
そんな俺に美波さんはとどめを刺す言葉を叩き付けてきた。
「私だってね、アンタのこと好きだよ」
この言葉で俺の何かが完全停止した。
頭がフリーズした。とかって問題じゃない。身動きが出来なくなってしまっていた。
眩暈がしそうなほど一気に血が頭に昇り、ぎゅーっと視界が狭まる。美波さんの手元に固定した視線が動かせない。目なんか見た日には、多分、即死する。
そんな俺の様子を見て、自分の言葉が与えた衝撃を冷静に計っていたらしい美波さんは平然とした口調で俺の再起動にかかる。
「ま、私も彼氏いるし、アンタに靡くこと無いにしてもさ。嫌いなやつなら近付く気にもならないし、好きでもないやつと一日遊んでられるほど忍耐強くもないわけよ」
かろうじて頷く俺を見ながら、美波さんは続けた。
「友達として好きとか、男として好きとか、そういうのって境界が曖昧と思ってるのね。タイミング次第で変わるものなんだろうし、男女の友情が成立するとかってバカらしく思っちゃう人だからさ」
この話はどこに行くのか、とはらはらしながら聞く。
「そんなのさ、女同士の友情だって不変じゃないのに、今の時点で成立してる友情が永遠に続くと思う方がバカだろって話」
それはなんとなく納得できる気がする。
「だから、アンタのことを好きって思ってるこの感情がどう変わって行くかは私にもわかんない。でもね、とりあえず今はね、弟分としてかわいがってるのが楽しくてしょうがないの」
弟分としてという言葉に俺は正直ほっとしていた。
「私がそういう後輩って初めてなのよ。告って来る後輩は捨てるほどいたけどさ」
「ま、でしょうね」
思い当たる節はありすぎるほどだった。
「そういうんじゃなくさ、アンタみたいな失礼極まりない奴をかわいがってるなんて、アンタ自身にそれなりに魅力がなきゃ無理な話よ」
「……そうなんでしょうか」
「まだ懐疑的なのね、この子は」
美波さんがついに苦笑した。
「だって……」
俺はつい拗ねた声を出してた。
「今の今まで、モテない人生を突っ走ってたんすよ。いきなりそんなこと言われたって、はいそうですかってすんなり受け入れられるわけないでしょう」
「受け入れろよ、私が素で言ってんだから」
「無理です。いきなりは」
頑なな俺の姿勢が笑えるらしく、美波さんは苦笑というより、ニヤニヤ笑いになってきた。
「ふーん、で、そのモテないくんは、柚菜の告白にどう答えたのかな?」
「……想像ついてるんじゃないですか?」
あえてカマをかけると、美波さんはあっさりと口を割った。
「保留中。ってとこかな」
「……正解です」
この人はどこまで洞察力があるのだろう。
俺が目を丸くしていると、美波さんはニヤニヤ笑いをまた苦笑いに戻した。
「私と遊びに来てる時点でそう考えるのが自然でしょ。オッケーしてりゃ来るわけないし、断ってたら人と遊ぶどころじゃない顔してるだろうしね」
見事に見透かされているらしい。
「どうすんの?」
口元に微笑を浮かべたまま、優しい目をした美波さんは質問を落としてくる。ついこっちが拾ってしまうタイミングで。
「……受けますよ」
俺は素直に答えていた。それ以上の説明はこの人にはいらないだろう。
「おめでとう」
美波さんは今日一の優しい笑顔を浮かべた。