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柚菜の後にこの人と話していると、その切り替えの速さと明るさに救われる様な気がする。
「で、朝から暇つぶしのお電話ですか?」
『ううん、暇つぶしはこれから』
「……は?」
『今日さ、買い物行く約束してたんだけどさ、相手の都合で昨日の夜に消えちゃったのね』
「俺に付き合えと?」
『うん。話が早くて助かるわ』
「はい。じゃ却下で」
『えー、ちょっとは考えよーよー』
「たまの完全オフなんですよ。ひたすらダラダラ過ごしたいわけですよ」
『ダメよ、若者がそんな怠惰なことでは』
「美波さんなら声かけりゃなんぼでも買い物友達なんて捕まるでしょうよ」
『ところがそうでもないのよ。みんな彼氏持ちでさ』
「なら、それこそ彼氏さんと行ったらいいじゃないですか」
『その彼氏に約束破られたの』
「……彼氏の代わりに俺ってのはどうなんでしょう」
『ん? 気にしないよ?』
「俺がするんですよ。たぶん彼氏さんも」
『あー、それは大丈夫。言わなきゃいいだけの話だし』
「いやだから俺が……」
『うん、知ったこっちゃないし』
こんにゃろ。言いやがる。
「って言うか、彼氏いないっていってた人達いたじゃないですか? 金曜に話しに行った時の」
『そんなのいたっけ?』
「都合よくすっとぼけないで下さいよ」
『気のせいだよ。まーくん、その年で記憶障害?』
「どこまでもすっとぼける気なんですね」
『行くとこまで行くよ、今朝の私は』
「勝手に行っちゃって下さって結構ですよ。お見送りはしますから」
『どうしてそう可愛気が無いかねえ、君は』
「生まれつきです」
正直、バカ話が楽しくなってきている。あんなに別世界の人間だと思って敬遠していたのが嘘の様に。
『でね、下北沢に行くからね、往復の運賃くらいは準備しといてね』
「人の話、聞いてます?」
『ユニクロのフルコーデでもお母さんコーデでもいいから、一応隠すものは隠してきてよ』
「マジで聞く気がないんですね」
『あ、でもリュックはやめてよね、あれすげー迷惑だから』
「おぉ、ホントに聞く気ねーよこの人」」
『あんま早いと店空いてないけど、これから出る準備したり、着いてからちょっとお茶してたらすぐお昼近くになっちゃうでしょ』
「ハイハイソウデスネー」
『ってことだからよろしく。準備できたらLINEしてね。多分駅集合にすると思うけど』
「拒否権はないんですか」
『そんなものが存在すると?』
「……可能性を信じた俺が馬鹿でしたよ」
『やーいやーいバーカバーカ』
「じゃ、また月曜に。お仕事で会いましょう」
『あーあー、待って待って、ごめんってば、一緒に行こうよー、楽しいよー?』
リズムよくポンポン進む会話のテンポと、電話の向こうでクルクル変わる声の表情の豊かさに、俺は思わず笑ってしまった。
この場合、笑った時点で俺の負けだよね。
『あ、今、笑ったね?』
「はい、笑いました」
『負けは認める?』
「はいはい、認めますよ」
『じゃ、準備よろしくね?』
「わかりました。適当に隠すとこ隠して行きますよ」
『多少は気合入れてきなよ? この美女と一緒に歩くっての忘れんなよ?』
「自分でそこまで言える性格の持ち主と歩くってことは忘れられませんね」
『うーん、これがまた客観的事実ってやつだからねー』
「そこまで言えりゃ、もう大したもんです。呆れて物も言えませんよ」
『んじゃ黙って集合場所おいで。その大した女とデートできる超絶素晴らしい権利を君に与えてあげよう』
「へーへー、ありがたく頂戴致しましょう」
『全っ然ありがたくなさそうだよね』
「とんでもございません、この上ない名誉に体が震える思いですよ」
『よろしい。お昼割り勘にする気でいたけど、全額アンタに奢らせてあげる』
「……ん? ちょっと電波が悪いのかな? 空耳でしょうか?」
『まーまー、とにかく準備しなさいって。んじゃ私も準備すっから。よろしくねー』
電話を切り、一息つく。気が付くと30分以上経っていた。
「……長ぇわ」