12
ミーティング後、生徒会室に向かう途中。
「ラーメンが私を呼んでるんだよね」
とかなんとか言いながら、履き潰した上履きの踵をペタペタ床に当てて歩く美波さんが不意に立ち止まった。
つられて俺たち1年の二人も立ち止まる。美波さんは厳しい表情で斜め前方を見ていた。俺と柚菜もその視線の先を追った。
視線の先に仲間であるはずの先輩がいた。
向こうはこちらには気付いていなかった。情報処理技術研究同好会、通称パソコン同好会の遊び場と化している情報処理室の入り口近くで、誰かと話していた。
会合に参加してたと言うことはあの先輩も帰宅部なはず。友達が同好会の一員なんだろうか。
俺はその姿を見ても特に感想は無かった。ああ、サボってこんなところにいたのか、とぼんやり思っただけ。
さっきまで楽しく仕事が出来てたから、正直あの先輩のことなんかどうでも良かった。来ないなら来ないでいい。空気を壊されたくないし、とか考える俺はリーダー失格かもしれない。
一方、美波さんはそういうのは許せないらしく、いきなり歩き出すと、まっすぐ先輩のところに向かった。思わず柚菜と顔を見合わせると、俺たちもすぐに後を追った。
美波さんの姿に気付いた先輩は、ぎょっとした顔をして一歩引いていた。美波さんはそのすぐ目の前までいくと、近くの壁にどんと右腕を打ち付け、それに寄りかかるようにしながら低い声で言った。
「とっくに帰ってるかと思えば、まだ学校にいたのかよ。いい度胸だなぁ、あんた」
こういう場面でギャーギャー騒ぎ立てるタイプの女子なら俺も知っている。けど、低い声ですごむ女子は初めて見た。正直、怖い。
当然、傍観している俺より、当事者の先輩の方が何百倍も怖いわけで。
「うっ……」
一声呻くと何も言えず硬直している。
美波さんは今にも先輩を蹴っ飛ばしそうな殺気を発しつつ、重心の乗ってない片足をぶらぶらさせている。
「連絡あったよな? 今日、ミーティングあるって」
「……」
先輩は答えもせずに硬直中。蛇に睨まれた蛙状態。
もちろん、それは間違いない。俺が昼休みに直接伝えたんだからな。
ま、あの時点で来ないかもなという予感はあった。話してる最中、一度も視線を合わせようとしなかったからな、あの人。
同情の余地は無い気もするけど、衆人環視の中で美波さんが先輩をたこ殴りにしそうな風景を放置するのも、面白いけれどやばい気がする。でも、この人を止められる度胸が俺にあるだろうか。
あるわけないよね。
まして、柚菜にそんな事が出来るはずもなく、俺と並んで美波さんの背後に立ちながら、おろおろすることすら出来ずに不動の姿勢で見つめていた。
美波さんはしばらく無言で先輩に圧をかけ続けた。ウェーブのかかった髪で斜め後ろからじゃ顔は見えなかったけど、肩から立ち昇る殺気は隠しようもない。
その内、あの人が耐え切れなくなったとでもいうように後ずさったタイミングで美波さんが言った。
「あんたさ、もう顔見せんなよ。その面見ると吐き気がしそうだ」
ぐいっと腕を伸ばし、壁から離れ、くるっと回転する。
「さ、とっとと仕事終わらせなよ、まーくん。ラーメンが私らを待っているよ」
その顔に殺気は無かった。至極機嫌よさそうに微笑んですらいる。
本気でこの人に恐怖感を抱いたのは、むしろこの瞬間だったかもしれない。