26
扉を開け、路地裏を抜けようとした時、目の前に背の高い男がいた。あやめは今までにないくらいに大きく目を開いた。
「シュウジ!」
シュウジはジーパンに真っ白なシャツ姿。1年前とまったく変わらない様子。スポーツ刈りの頭も相変わらずだし、焼けた肌の色もそのままだ。
「久しぶりだな」
あやめはまたもう一度大きく頷いた。
「髪、伸びたな」
「うん。やっとここまで」
あやめは肩の下まで伸びた毛先を触りながら笑って言った。すると、カバンのスマホが鳴った。あやめはすぐに取り出し、電話に出た。
「ごめんね。ちょっと寝坊しちゃって。電車一本遅らせてもいい? うん……そう。じゃあ、すぐ行くから。本当にごめんね」
電話を切るとシュウジが小さく笑って言った。
「男か」
沈黙が流れた。蝉の鳴き声と人の行き交う雑踏だけが響いた。
「もっと早く気付いてたら良かった」
「ん?」
あやめはシュウジの目をじっと見つめた。シュウジもあやめを真っ直ぐに見つめた。
「寂しかった」
そのまま、あやめはシュウジの胸に飛び込んだ。
「彼氏いんだろ? ダメじゃん」
あやめの行動を笑って窘めながらもシュウジの腕はあやめを優しく包んでいた。
「ま、俺も……」
あやめの背中をポンポンと軽く叩いた。
「玲香のことで頭いっぱいだった。けど、お前に会えなくなって、毎日つまらなかった」
シュウジは洗い立てのシーツと同じ匂いがした。
「……でも、何もかも遅すぎたな」
シュウジの言葉を聞いて、あやめの目からは涙が溢れた。
「ずっと好きだったよ」
震える声であやめが呟いた。
「全部、遅すぎた」
遠くから子供の泣き声がした。そして、しばらくしてその声は止んだ。あやめはシュウジから離れた。
「ごめんなさい」
目元を拭ってあやめは頭を下げた。
「ありがとな」
シュウジは一言だけ言ってあやめの頭をいつかと同じ様に撫でた。
あやめは小さく頷き、シュウジの横をすり抜けた。
シュウジはその背中に向かって初めて会った頃の様に少しぶっきらぼうな口調で声をかけた。
「俺さ、店の名前、最近少し好きになれたよ」
あやめが振り返えると、シュウジは子供みたいな笑顔で続けた。
「お前のおかげかな?」
あやめも釣られてはふっと笑って手を振った。
「いい加減、カフェラテも卒業しろよ。もう大学生だろ」
シュウジの言葉を背にあやめは路地裏から遠ざかった。冷たい路地裏の空気から抜け、うだるような暑さの中へ飛び出た。
ようやく駅につき、彼氏と落ち合った。
「少しお茶でもしようか。次の電車、まだ先だからさ」
そう促され、駅のそばのカフェに入った。二人は一番奥のソファの席に座る。
「カフェラテだろ?」
彼氏は笑って言った。あやめは首を横に振った。
「今日はコーヒーにする」
ニコリと笑ってあやめは答えた。開け放たれた窓から吹き込んだ夏の風が髪を揺らした。