第二章
7話
 その声にあやめは振り返った。


「あれ? また若い子連れ込んでやがる」


 あの男だった。あやめは少しぎこちなく頭を下げた。男はおかまいなしにカウンターの隣の席へ座る。ジーパンに、春なのに暑そうな黒っぽいジャケットを着ていた。この前と同じように、大したものは何も入ってないと思わせるほどに軽そうな鞄をカウンターに叩きつけるように置いた。そして、またそそくさとスマホをチェックした。


「早かったな」

「あぁ、昼前に終わったからな」


 シュウジはおしぼりで手を拭きながら返した。


「この子、あやめちゃんっていうんだってさ」


 マスターが嬉しそうに言う。男は黙ったままだ。


「お前も名前くらい教えてあげなさい」


 男は冷ややかな目であやめを見ると、低くかすれた声で言った。


「修一」

「しゅういち?」


 あやめは繰り返した。マスターが気が付いたように付け加える。


「みんなこいつのこと、シュウジって呼んでるけど。本名は修一なんだよ。僕と同じ修っていう字に、漢数字の一。あやめちゃんもシュウジって呼んでくれればいいから」


 シュウジは余計なこと言うなという目付きでマスターを見た。マスターは相変わらずにこにこして、シュウジの前にコーヒーを置いた。


「あんた高校生だろ? 勉強しろよ」


 シュウジはぶっきらぼうな口調であやめに言う。目は一切見てくれない。あやめは少し心の端っこがちくちくした。


「大学はそんなに頭いいところじゃないから、焦ってやらなくても……」


 そう言いかけ、あやめは口を閉じた。勉強したくない言い訳のように聞こえた。こんなことを言ったら、ぶっきらぼうなこの男を怒らせるような気がした。しかし、シュウジは特に何の興味も示さず、ふーん、と言っただけだった。あやめはそれが何となく悔しかった。バカにされたような気がした。子供扱いされているような気がした。


「あやめちゃん、甘いの好き?」


 マスターが身を乗り出して聞いた。あやめが、うんと頷くと、カフェラテの隣に黄色い色をしたケーキが置かれた。


「なあに? これ」

「今、研究中のメニューだよ。あやめちゃんに味見してもらおうかと思ってね」


 あやめは嬉しそうにそのケーキを眺めた。カボチャでも使っているのだろうか。黄色がとても鮮やかだった。土台として使われているタルト生地が、サクサクで香ばしそうな色をしている。あやめは、一緒に出された銀色のフォークを持つと、ケーキに刺して一口食べた。ふんわりした甘さが口全体に広がった。


「美味しい! すごい美味しいです、これ!」


 マスターはガッツポーズをした。どうやら、思ったとおりの反応だったらしい。




■筆者メッセージ
急に寒くなりましたね。体調を崩さないようにしないといけませんね


肉団子パイセンさん
ありがとうございます。すみませんが、名前だけの出演で物語には出て来ません(予定)。メンバーはもう1人出ます(確定)。ご期待ください。


こんな感じで、拍手の返信もタイミングを見てしていこうと思います。内容によっては後回しになるかもしれませんがご了承ください。

希乃咲穏仙 ( 2021/10/22(金) 21:40 )