終章
御伽話
 以前の私は関有美子に殺された。



 そして、あの空間に意識を飛ばされ、金髪の女に会い、選択を迫られた。



 二つ返事で報復を選択した。





 そして、目を覚ます。





 あの時は本当に驚いた。



 目を覚ました場所がいつも見慣れていた屋敷だったから。



 まさか転生先が私を殺した関有美子の専属メイドだったとは、本当に驚いた。



 私は30日間の猶予を待たずして報復を終えた。



 そして再び、あの空間に飛ばされ、金髪の女から報酬を得る。



 田村保乃としての正式な第二の人生を―――。









 そして、再び私は田村保乃として現実世界に戻った。



 この世界ではもう関有美子は何かしらの形で死んでるはず。



 私の予想ではこの扉を開ければ、ベッドの上で死んでいるお嬢様を想像していた。



 なのに。



 ドアを開けてみれば、そこには生きたままのお嬢様が居た。



 私は目を疑った。





 何故、生きている?


 報復を完了させたのに?



 私の訝しげな表情を読み取ったのか、お嬢様は体裁を繕った。







 しかし、お嬢様には以前の記憶が完全に抜け落ちていた。



 これはまるで田村保乃として転生した以前の私の様だった。



 私は関有美子を注意深く観察した。



 彼女はコーヒーが大好きだった。



 いつも私の淹れる熱々のコーヒーを喜んで飲んでくれた。



 しかし、今のお嬢様はせっかく淹れたコーヒーにすぐには手を出さなかった。


 今の彼女は猫舌だった。





 そして7月16日。私は全ての真実を知った。

















 私は日記をそっと閉じる。



 この書庫に漂う空気は嫌いでは無いが、何故か殺した関有美子の存在を感じてしまう。



 彼女もまたこの書庫が大好きだった。



 前世の私は彼女の親友だった。



 しかし、同じ男性を好きになってしまい、その男性は私を選んだ。



 彼女は酷く嫉妬した。



 何もかも手に入れなければ気が済まない彼女は、何度も私の彼を誘惑しようとした。



 しかし彼は靡かなかった。



 それが彼女のプライドを余計に傷つけた。



 彼女に呼び出された私は知らんぷりを通した。



 彼を誘惑している事も、影で私を中傷している事も、全部水に流そうと思っていた。



 なぜなら関有美子は私の親友だったから。



 なのに彼女は私の腹を包丁で刺した。



 お腹の中には彼との子が宿っていたのに。



 彼女は何度も何度も恨みを込めて私を刺した。



 そして遺体を金で雇ったブローカーに引き渡し、海外へと臓器売買に使われた。









 私が黒崎健吾の正体に気付いた時、一つ試してみたい事があった。



 彼が報復を無事完了したら、私のいるこの世界はどうなるのだろうかと。



 私が報復を完了した時は、私の周りの全ての人の記憶が書き換わっていた。



 ならば、黒崎健吾が報復を完了すれば、私は今までの記憶を失い、新たな田村保乃として生きていく事になるのだろうか。




 そんな純粋な興味を持った私は、黒崎健吾の報復を影から支えようと考えた。





 そして彼は報復を成し遂げた。



 世界は光に包まれ、新たな記憶を書き込んだ。







 しかし、新たな世界に召喚された私は以前の記憶を丸々持っていた。



 そして新たに書き換えられた記憶も持ち合わせていた。



 もしかしたら、転生者は他の人間の様に全ての記憶が書き換えられる訳では無いのかも知れない。



 これは、云わば特権か。



 たまに現れる前世の記憶を持った人間とは、こうやって生まれてくるのかもしれないな、と私は思った。









 書庫の掃除を終え、私は再びお嬢様の部屋へと出る。



 彼女は、黒崎健吾は気付いているだろうか?



 いや、覚えていないなら、その方が幸せかもしれない。







 彼が新たな世界に転生してきたのは7月8日。







 しかし、彼が実際に殺害されたのは7月10日の深夜だったという事を。





 彼は記憶喪失という事で3日間も病院に入院していた。



 しかし、退院日は7月10日の午後。



 この時に時間のずれに気が付いていれば黒崎健吾の殺害を防ぐ事だって出来たかも知れない。





 そう。





 これは一つの隠されたクリア方法。





 そこで殺害を阻止出来れば世界に矛盾という歪み生まれ、そのまま原口浩平の報復が完了しなかった世界へと書き換わる筈だった。









 しかし、それも既に後の祭り。







 報復を完了させ、関有美子としての第二の人生を手に入れた黒崎健吾には。













 関係の無い『御伽噺』なのだから。




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■筆者メッセージ
これにて完結です。

転生ってだけでミステリーとしては破綻してますからね。

それでも、謎になってた部分は回収できたかなと思ってます。

田村が万能過ぎたかなと少し反省しつつ……

希乃咲穏仙 ( 2022/04/05(火) 23:59 )