運気
俺はそのまま抱き抱えられる様にして一階の保乃の部屋まで運ばれた。
途中、床に里奈の返り血が滴ってしまっていたが、気にした様子もない。
そして、105の扉の鍵を開け、俺をそのままシャワールームへと連れて行った。
「まずは返り血を流し落としましょう」
保乃は俺の真っ赤に染まったブラウスを脱がせ、熱いシャワーを掛け始めた。
お湯と共に排水溝へと流れていく赤い水。
されるがままの俺はまるで放心状態だった。
そしてある程度血が落ちた所で保乃自身も服を脱ぎ、俺からこびり付いた血を一緒に洗い流す。
「熱く無いでしょうか?」
俺はだらんとした表情で全身を保乃に洗われている。
何だか女とばかりシャワー浴びてるな、と少し自嘲気味に笑う。
保乃の白い透き通るような素肌に目を向ける。
(そう言えばまだ聞いてなかったな)
おずおずと口を開く。
「ねぇ保乃? 貴女、過去に何か酷い事をされた事とか……ないかしら?」
俺の言葉に保乃は少しビクッと肩を揺らした。
(……当たりか?)
「酷い事、でしょうか?」
「えぇ、例えば……暴行を受けた、とか……」
少し考えた様子に見えた。
(無理も無いか)
本当に暴行を受けた過去などあろう物ならば話したくは無い筈だ。
「ほら……私って、未だに記憶が戻っていないじゃない? ……でも最近、変な夢を見るの。その夢の中で見知らぬ女の子が暴行されたり、酷い事をされてるものだから、ね……」
とりあえずは正直に話した。
あの暴行されている少女が保乃じゃ無い場合、高い確率で暴行を受けていたのは関有美子になるだろう。
そうなれば、この残虐性にもある程度の納得は出来る。
「いえ……。私は奥様に拾って頂くまでは孤児院にいましたが、特に暴行やいじめのような物は受けてはおりませんでした。関家に養子として引き取られてからは、それはもう恩を返しても返し切れない程、良くして頂いておりましたので……」
「じゃあ、私はどうかしら? ……誰かに脅されたり、暴行を受けてた事とかは?」
「お嬢様がですか? ……いえ、私は一度もそんな話は聞いた事が御座いません」
聞いたことが無い?
では、あの夢の中の少女は俺でも保乃でも無いのか?
……しかし、本当か?
何かを隠している。それだけははっきりと分かる。
もしかしたら俺に嘘を吐いている可能性だってある。
鵜呑みにしてはいけない。
こいつは油断ならない。
「もう、大丈夫よ、保乃。ありがとう。後は自分で洗えるわ」
俺はシャワーを受け取り、身体に付いた血を洗い流す。
先に保乃が出て、一人になったバスルームで思考に耽った。
里奈の遺体はすぐ発見されるだろう。
洋館の扉は全て防音扉なので、扉から外を伺いでもしない限り廣田が気付く事は無いのかも知れない。
それに2階の奥の部屋という事もある。
原口が部屋を飛び出しても、廣田に用が無ければ里奈の遺体を発見する事は無いだろう。が、床に付着した血液に気付けばすぐに見付かってしまうかも知れない。
守屋の方は多分大丈夫だろう。
理佐の遺体発見の騒動があってからは殆ど自室に引き篭もってしまっている。
一階の端の部屋の守屋にとっては、最も足を運ぶ理由の無いのが廣田の部屋の前の通路だろう。
隆司の遺体は俺の部屋にある。
信太郎の遺体はまだ発見されていない。
まだ、神は俺に運を与えてくれているらしい。
これを運と言うのか悪運と言うのか俺には分らない。
俺は絶対にこのゲームをクリアして、関有美子としての第二の人生をもぎ取ってみせる。