密約
次の日の朝。
目覚めた俺は身なりを整えリビングへと向かう。
キッチンルームからは良い匂いが漂っている。
まだ誰もリビングには来ていない。
(それもそうか……)
原口と廣田はそれぞれの部屋で監禁されていて、隆司と守屋は見張りに着いている。
信太郎は既に死亡しているから、俺とキッチンルームにいる保乃。
奥から保乃が顔を出した。
「おはようございます、田村さん。……松田さんはまだ起きて来ていないのですか?」
俺がテーブルに座っているのを確認した保乃は丁寧にお辞儀をした。
「おはようございます、松平様。……はい。まだ、こちらにはお越しになってはおりません」
そう言いながら、俺の耳元に口を近付けると。
「(……津田様の遺体は上手く隠す事が出来ました。あれならばきっと2、3日は発見されないかと)」
(2、3日も!?)
予想以上の言葉に驚きながらも、話を続けた。
「(それはとてもありがたい事だけれど……どうやって隠したの?)」
あの串刺し状態の信太郎をそんな長い時間隠せるものなのだろうか。
それとも一人で遺体を降ろし、何処かに隠したとでも言うのだろうか。
いや、あの大理石は信太郎の血液で染まりかえっている。
(ならばどうやって?)
俺の疑問に保乃は軽く笑顔で返すだけで、再びキッチンルームへと戻って行ってしまった。
(……一体何を考えている)
とりあえず朝食後、一度テラスの下を確認してみよう。
どちらにせよ、遺体発見が遅れてくれた方が動きやすいのは事実だ。
しばらくして保乃が朝食を運んでくれた。
今度こそきちんと計画を話しておかないと後で裏切られでもしたら困る。
俺は周りに誰も居ない事を確認し、食事を並べる保乃に再び耳打ちをした。
「(今日の午後、見張りを終えた國枝さんを誘い出して、殺害するつもりです)」
わずかに眉をぴくっと上げた保乃だったが、またすぐいつもの無表情へと戻った。
「(かしこまりました。私はいかが致しましょうか?)」
指示を仰ぐ保乃。
「(今日の午後の見張りは津田さんと松田さんの番ですので……)」
「(私が津田さんの代役として見張りを買って出ればよろしいのですね?)」
保乃すぐに俺の意図を汲んだ。
やはりこいつは頭が良い。
「(津田様は、具合が悪いので部屋でお休みになられている、という事にしておきましょう)」
そして、その先の俺の計画まで把握している。
俺が國枝を誘い出し、あいつを殺害する。
里奈は原口の部屋の前で見張りの番。
ならば具合が悪いと部屋に信太郎が閉じこもったとしても、奴に用がありそうなメンバーは居ない。
森も理佐ももう、この世にはいないのだから。
流石に守屋が信太郎の様子を見に行く事は無いだろう。
俺は並べられたスープとブレッドを上品に頂きながら。
最後の犯行の時を、ただただ楽しみに待っていた。