監視
 ドアのノックの音で目が醒めた。


「璃子さんいらっしゃいますか? 見張りの交代の時間ですよ」


 目を擦りながら時計を見た。



 もう昼前だった。



(そうか……あのまま考え事をしながら寝てしまっていたか……)

 椅子から立ち上がり最低限の身なりを整えドアを開ける。


「あ、璃子さん……。お返事が無いのでいらっしゃらないかと……」


 信太郎が笑顔で言った。


「すいません……。何だか私、テーブルで寝ちゃっていたみたいで……」


 正直に話す。


「そうですか……。仕方無いですよ、こんな事が起きてしまったのですから。眠れなかったのでしょうね。お気持ちお察ししますよ」


 紳士的な態度を見せる信太郎。



(そう言えばこいつも……)


 俺を見る目が隆司や森そっくりだった事を思い出す。


「……ええと、確か見張りは……」


 俺は記憶を呼び起こす。


「はい。璃子さんは原口の扉の前、そして俺が廣田の扉の前、ですね」


 そうだ。


 そして今は確か隆司と里奈がそれぞれ見張りをしている時間。


「そうでしたね。……では、行きましょうか……」


 俺は信太郎と共に中央階段を通り抜け、真っ直ぐに通路を歩いて行く。




 U字に曲がった通路を歩くと隆司と里奈が扉の前の椅子に待機しているのが見えた。


「あ……璃子……」


 俺の姿を発見し、少し笑顔を見せる里奈。


「大丈夫……? ごめんね。私あの後部屋に戻って、すぐに眠っちゃったみたいで……」


 あのリビングでのアリバイ立証の後、保乃と隆司は里奈を探しに向かったが、その後の顛末を俺は聞いていなかった。


「ううん、私こそ取り乱しちゃって……。何か怖くなっちゃって、部屋に戻って鍵を掛けて震えてたんだ」


 今にも消え入りそうな声で肩を抱き小さくなる里奈。



 無理も無い。


 里奈も見てしまったのだから。



 シャワールームで両目から血やら脳髄液を垂らして死んでいる理佐の姿を。


「もう交代……?」


 里奈はそのままの格好で俺を見上げる。


「うん……。田村さんもそろそろお昼の準備をしてるだろうから、リビングに行って休んできて」


 俺は信太郎に目で合図を送り、里奈が座っていた席に交代で座る事にする。


「じゃ、俺は隆司と交代しますから」

「ええ」


 信太郎はU字の廊下を奥へと進む。



 里奈は弱々しい笑顔で俺に手を振り、リビングへと向かって行く。





 しばらくして奥の通路から隆司がこちらに近付いてきた。


「お疲れ、璃子ちゃん」

「はい、國枝さんも」

「里奈ちゃんはもう戻ったのかな?」

「ええ…。さっきリビングに向かって行きました」

「そっか……。うん、有難う」


 礼を言い隆司は中央階段の方角へと向かった。


 俺はそんな隆司の後ろ姿を見送った後、通路の奥に目を向けてみた。



(この位置からは廣田の部屋と信太郎の位置は見えないか……)


 この位置から見えるのは右手に中央階段、左手には207号室までしか見えない。



 209号室の廣田の部屋の前に座っているはずの信太郎の姿も見えないが、外に出るにしろここを通って中央階段を下りるか、通路を奥まで突っ切ってテラスから外に出るしか方法が無い。



 それぞれの部屋の窓には鉄格子が嵌められているし、そもそも洋館を外に出ても周りは湖。



 逃げ場なんて何処にも無い。



(……まあ、犯人は俺だし、真面目に監視なんてする必要は無いんだけどな……)



 しかし、皆で決めたことには従わなければならない。



 とりあえず、俺はこの時間を有効に使い、次のターゲットの推察と新たな証拠探しを脳内で再開する事にした。








 そして、時間は過ぎ、ようやく見張りの交代時間となった。


「お疲れ様、璃子ちゃん」


 俺の席に近付いてきたのは守屋茜。


「大変でしょう? ずっと座っているのって……」

「いえ、意外に苦痛では無かったですよ。田村さんが本もいっぱい用意して下さいましたし……」


 俺は見回りに来た保乃から受け取った数冊の小説を守屋に見せる。


「へえ……。それ、私も借りても良いかしら?」

「ええ、私は全部読んでしまいましたから…」


 守屋と席を交代し、立ち上がった所で隆司の姿が見えた。


「はぁ……。もう交代時間か……」


 隆司はため息を吐きながら廊下の奥へと歩いて行く。


「5人で2交代制だもんね……。ほぼ12時間置きに監視役が回ってくる計算だし……」


 そう。一人づつずれての2交代制。



 12時間後は俺を飛ばしての里奈と信太郎。



 そして、その次の12時間で今度は俺と守屋での監視となる。



(なら、チャンスは今しかないか……)



 そう考えた俺の前にちょうど隆司と監視を交代した信太郎がやって来た。



「お疲れ様、璃子さん。どう? ちょっとテラスでも行って軽く飲まないかい?」


 こちらから誘うまでもなく信太郎の方から俺に声を掛けて来た。


「……ええ、そうですね」


 俺は小説を守屋に渡し、信太郎と共にテラスへと向かった。



希乃咲穏仙 ( 2021/11/28(日) 12:39 )