証明
 俺は言われた通りに誰にも見付からない様に自室へと戻り時間を潰す。



 もちろんその間も次のターゲットを見極めるべく思考は怠らない。



 そして、その時は訪れた。





 けたたましくなるドアのノック。返事をし外に出ると、既にこの洋館にいるメンバーが勢ぞろいしていた。



 青ざめた顔をしている。



 そりゃそうだろうな。


 昨日に続き死人が出たのだ。


 そして今度は明らかな殺人。



 青ざめた顔をしていない奴が居たら、誰もがきっとそいつを犯人と疑うのだろう。



 現にリビングに全員を集め、事の詳細を淡々と話す保乃に野次が飛ぶ。


「お、おい、貴様! 人が一人殺されたというのに、何だその釈然とした態度は!」


 新人議員候補の廣田が吠える。


「そうよ! 昨日からおかしいとは思ってたけど、貴女何か変よ!」


 守屋が廣田に続く。


「……申し訳御座いません。これが私の性格ですので……」


 二人に対し丁寧にお辞儀をする保乃。


「ちょ、ちょっと待って下さい二人とも! 管理人さんにそんな言い方しなくても……!」


 隆司が保乃のフォローに回る。


「一体何が起きているんだ! どうして昨日に続き今日も犠牲者が……!」


 原口が頭を抱えながらも青ざめる。


「……いや……」

「……? 松田さん……?」

「もういやああああああああ!!!!!」


 里奈が俺の脇をすり抜け中央階段を上って行く。


「……なんで……渡邊まで……」


 項垂れるように呟く信太郎。


「……とにかく皆さん……松田様は…仕方ありませんが……」


 保乃が場を仕切る。


「……これはれっきとした殺人事件で御座います」


殺人という言葉にはっと顔を上げる面々。


「……ですので……非常に言い辛い事なのですが……」


 里奈を除いた面々を保乃はゆっくりと一人ずつ見回した。


「……この中に…犯人がいるって言いたいんですか……?」


 原口が生唾を飲み込みながらも皆を代表して先を続けた。


「馬鹿な……! ここに殺人犯が居るだと!」


 原口の言葉に唖然とする廣田。



 疑心暗鬼。

 今、まさしくこのメンバーの中で渦巻いている感情。


「……この湖畔は外部からの接触を完全に遮断されております。何処かに殺人犯が潜り込める場所も無ければ、10名もの人間が生活しているこの場所で誰にも気付かれずにいる事などほぼ不可能に近いと思われます」


 淡々と先を続ける保乃。


「……ですので、非常に言い辛いのですが……」


 さっきと同じ言葉を敢えて選び、発言する。



「……皆様のアリバイを調べさせて頂きたいと思います……」






 一人一人のアリバイが調べられる。



 ここにいる全員が既に疑心暗鬼状態。



 誰が殺人犯なのか


 きっと心の中は皆、その思いだけに支配されているはずだ。



 この中に、絶対に居るはずだ。

 俺を殺した犯人だって。


 アリバイが検証される中、俺はひたすら皆の表情を観察する。



 隆司は信太郎と何やらヒソヒソ話をしている。

 廣田は何が気に入らないのか、アリバイの検証中も保乃に口を挟んでいる。



 原口は事の成り行きをじっと見守っている様にも見える。

 そして、守屋は神経質そうに膝をゆすってタバコを吸い始めた。



 方向性を変えるか……いや、しかし、どう考えてもあのプロジェクト絡みの犯行としか。



 何処かに大きな見落としは無いか。


 俺は思考する。


 誰が一番得をする?



 俺を殺して得をするのは、ここに残っているメンバーでは隆司と信太郎だ。



 俺に恨みを持っていそうなのは?



 森と理佐はハズレだった。


 なら残るは里奈だけだ。


 それ以外の可能性は?



 得でも恨みでも無い可能性なんて存在するのか?



「……次は……松平様ですね……」



 保乃が俺に視線を向ける。


 アリバイ確認の順番が回って来た。



 みなの視線が俺に集まる。



「……あ、はい……。私が最後に渡邊さんに会ったのは……確か……船着場でお話した時だと思います……」



 ここは嘘を吐く事は出来ない。



 あの時、俺が洋館を出て行く所は何人かに目撃された筈なのだ。



「その後は一緒にここまで戻って来て……それから私は田村さんの部屋で一緒にお喋りをして……」


 あの後、俺は中央階段で保乃に呼び止められ、部屋に付いて行った。


 そこで俺の計画がばれた訳だが。



「どれくらいお話したのかしら……それから部屋に戻って……あ、そうだわ、松田さんがシャワーが壊れたから貸して欲しいと私の部屋に来ていたわ」


 そして一緒にシャワーを浴び、俺は誰にも見付からない様に部屋を抜け出して。



「その後は?」



 廣田が怪訝な顔でこちらを見やる。



 さっきからこいつは他の人のアリバイに食って掛かってばかりだ。

 誰でも良いから早く殺人犯を断定したいのだろう。



「……そこからは私がお話しましょう。その松田様の部屋のシャワーの調子が悪いと、わざわざ知らせに来て下さったのですよ、松平様は……」


 保乃がフォローを入れる。


「ただ、それを修理する為の備品が部屋の奥のほうに仕舞ってありまして……。松平様には一緒に探すのを手伝って頂き、そのお礼にと思いまして、松平様の自室にて自慢の珈琲とお茶菓子をご用意させて頂きました……」

「じゃあ管理人さんは松平さんと一緒に居た……て事でいいのね?」


 守屋がタバコを吹かしながら言う。


「はい……。そしてその帰りに各部屋を周らせて頂いている中……」


 一瞬、沈黙する保乃。


「……渡邊さんの部屋の鍵が開いていて……遺体を発見した……」


 その先を原口が怯える声で続けた。


「その通りで御座います。……そこから先は皆様がご存知の通りだと思います……」



希乃咲穏仙 ( 2021/11/03(水) 03:41 )