刺突
俺は中央階段を降りもう一度【103】とプレートに書かれた部屋の前に到着した。
周りに誰も居ない事を確認し、ノックをする。
返事が無い。
もう一度ノックをしようとした際に、部屋の中からシャワーの音が聞こえて来た事に気付く。
(……入浴中か……どうするか……)
俺は何気なくドアノブを回した。
(開いている?)
理佐の奴……鍵も掛けずにシャワーを浴びているのか。
少し考えた俺はもう一度周りに誰もいない事を確認し103号室へと足を踏み入れた。
念のために鍵を掛け、シャワー室の前まで足音を消し近付く。
「♪〜♪〜♪」
中から理佐の鼻歌が聞こえた。
念のため数秒耳を澄ませたが理佐の鼻歌しか聞こえない。
もしかしたら、先程の俺と里奈の様に誰かとシャワーを浴びている可能性だって捨て切れない。
一人だと確信した俺は理佐に気付かれないように部屋を物色する事にした。
(確か理佐は超が付くほどの長風呂だったはず……)
よく朝風呂が長すぎて会社に遅刻して来る事もあった。
その度に森に怒られていたが、あいつは全然気にした素振りなんて見せなかった。
まずは理佐の鞄を漁る事にする。
(10分くらいならば風呂から出る事もないだろう……)
そんな事を考えながら、俺は理佐の鞄から財布、携帯、ポーチ、着替え、化粧道具、その他もろもろを慎重に取り出した。
(特に変わったものは無いか……)
そう思い別の場所を漁ろうとしたが、鞄の一番下に仕舞ってある物に目がいった。
(……デジカメ)
俺は何気なくそのカメラを取り出し、中の画像を確認した。
「!!」
そして『あるもの』を発見した。
そこには俺が今までに見たことも無い森勇作の笑顔に満ちた写真があった。
多分、何処かに出掛けた時の写真だろう。
画面を切り替えるとその先も何枚も森がカメラ目線で映っていた。
中には理佐の写真や、森とツーショットの写真も何枚か残っていた。
俺はカメラを鞄に仕舞い、太ももに隠したナイフのベルトのボタンを外す。
(……決まりだ)
あの写真は確実に不倫の証拠となる。
俺が想像していた通りの結果だった。
あの日の夜の会議に理佐も同席していた。
俺が森を完膚無きまでにした現場を生で見ていた。
(愛する不倫相手がボロクソに言われるのを黙って見ているのはさぞ辛かったろうな……)
シャワーの音のする浴室へと向かう。
既に右手にはナイフを握り締めている。
(船着場での独り言……あれは殺害した俺に対する謝罪の言葉だったのか……)
俺の中で全てが一つに繋がる。
あの日みた特徴的な女性物のスポーツシューズも。
船着場での『独白』も。
会議室での俺の論破に対する恨みも。
全てが―――。
一つに繋がった。
シャワーの音はまだ続いている。
俺は慎重にシャワールームの扉を開ける。
扉の隙間からはこちらに背を向けながら鼻歌を歌っている理佐の後ろ姿が見えた。
(理佐……あの時は痛かったぞ……)
何度も。
何度も。
俺が死んでからも。
お前は俺の頭蓋骨を、脳髄を、あのコンクリートで敷き詰められた裏路地に撒き散らしてくれたよな。
俺はナイフを強く握り締める。
俺の手にあるのはあの時の様な鈍器では無い。
だが、
「誰っ!?」
同じ様な目に遭わす事は出来るんだよ。
俺は振り返った理佐の右目にナイフを突き刺した。
「――――――――――!!!」
声にもならない叫び声を上げる理佐。
俺はそのまま更に奥まで、眼窩から脳髄に刃が届くまで、力一杯ナイフを押し込む。
「―――――――!!!!」
「なぁ、おい。もっと声を上げて叫んだって良いんだぞ、理佐?」
この洋館の客室はある程度の防音設備は整っている。
このシャワールームの水音だって、ドア下にある新聞受けの扉を外から開き、耳を押し当てでもしない限り外に漏れる事は無い。
だから。
叫び声を上げたって、隣の部屋にも廊下にも聞こえやしない。
「―――――――」
やがて、力なく倒れた理佐の右目からナイフを引き抜くと、大量の血が噴出した。
俺は気にも留めず、今度は左目にナイフを突き立てた。
もう何の抵抗もない。
それでも俺は渾身の力でナイフを左目の眼窩の更に奥へと付き刺した。
ずりゅという何か柔らかい物に当たる感覚。
きっと脳みそだろう。
俺は力を込めたまま。
脳をナイフでかき混ぜるように。
何度も。
何度も。
既に息絶えた理佐の脳髄を。
憎しみを込め。
俺の満足の行くまで。
掻き混ぜ続けた。