半年
俺は保乃の部屋を出、中央階段を上り、自室へと戻った。
(…共犯者、か)
先程までは森と理佐が共犯して俺を殺したのでは無いかと勘繰っていた矢先。今度は俺に保乃の方から共犯を持ちかけられるとは何たる皮肉だろう。
(……田村保乃……読めない女だ……)
恐らく、嘘は吐いてないだろう。
しかし、何か『隠し事』はしている。何故かそう確信に似た感情が俺の中に存在していた。
理由は分らない。が、俺の第六感が危険信号を発している。
(……だが、あの女は使える……。それに俺の報復が達成されれば……)
きっと全てが『無かった事にされる』だろう。
もしくは『不慮の事故』という結果で世間に認知される。
どちらにせよ『第二の人生』を勝ち取った俺に悪い形にはならないはずだ。
でなければこのゲームは成立しない。
犯罪者として一生隠れながら暮らす事が褒美なんて馬鹿げている。
(……まあ良い……どの道残り6日間で報復が完了しなければ……)
きっと俺は田村保乃も含め、全員殺すのだろうから。
自室のドアを開け上着を脱いだ。
(今日は暑いな)
先程の船着場でのお喋りでもかなり汗をかいた。
軽くシャワーでも浴び、気分をすっきりさせたい。
そう思っていた矢先、ドアにノックの音が響いた。
「……はい。どなたでしょうか?」
『あ、ごめーん璃子〜! 何か私の部屋のシャワーの調子がおかしくてさあ〜』
(この声は里奈か)
『悪いんだけど、部屋のシャワー貸してくれないかな〜。外で遊んでたら汗ビッシャリになっちゃってさぁ〜』
俺はそのままの格好でドアの鍵を開け、里奈を部屋に招き入れる。
「保乃さんには? 見てもらったの?」
「う〜ん、まだ〜。とにかく先にシャワー浴びたくてさ、ここに直行しちゃった」
軽く舌を出し笑う里奈。
「……あれ? その格好……もしかして有美子もシャワーを浴びるとこだった?」
「え? あ……まあ、ね」
そう言えば警戒もせずにドアを開けてしまった。
もしも里奈だけで無く、隆司や信太郎たちも居たとしたら、少々刺激の強い格好だったかも知れない。
「お! じゃ、ちょうど良いじゃん! 一緒にシャワー浴びようよ! ここのお風呂場広いから二人くらい余裕っしょ!」
俺の手を引き脱衣所まで引っ張って行く里奈。
(一緒に……入る……だと?)
「ああ、もうベトベトでヤダ〜!」
脱衣所に着くなり一気に服を脱ぎ出す里奈。
「ほら、有美子も早く脱ぎなって!」
「あ、ちょ……!」
既に全裸になった里奈は俺の服を脱がそうと手を伸ばす。
(……まずい……スカートの下にはまだナイフが……!)
俺は咄嗟に里奈の腕を掴む。
「ああ! 私の脱がし攻撃に抵抗する気だな〜」
「い、いや……そうじゃなくてね、松田さん……!」
必死に抵抗する俺と笑いながら脱がそうとする里奈。
(まずい)
力は俺よりも里奈の方が上の様だ。
(このままでは脱がされてしまう……!)
「わ、分ったから……! 先に入っててよ里奈……」
すると突然、里奈の攻撃が止んだ。
「……? どうしたのよ、いきなり」
「へ? ……あ……ごめん……。だって有美子……また私の事を里奈って……」
(……またか)
どうも俺は予想外の事が突然起きるとポカをやらかす習性でもあるらしい。呼び名を間違えてしまっていた。
「で、でも……随分と長い付き合いなのでしょ? なら下の名前で呼んだって」
「うん……。ま、そうなんだけど……。でもそれは有美子が嫌だって言うから」
里奈は少し落ち込んだ様子で先にシャワールームへと向かって行った。
確かに里奈の言う通り、俺にはまだ過去の記憶が戻っていない事になってはいるが、ずっと続いていた習慣はそうそう記憶から消えるものでは無い。
呼吸の仕方、食事の取り方を忘れてしまう事が無い様に、長期的な記憶が欠損する事は滅多にないそうだ。
その事をすでに保乃からも聞いているのだろう。
だからこそ俺の呼び方一つとっても不思議に感じてしまうのだろう。
(……くそ……男よりも女の方がやりづらいな……。理佐もそうだったが、なんで女共はこんなに鋭い奴ばかりなんだ……)
俺はシャワーの音が聞こえたのを確認し、素早く太ももに固定してあるナイフを取り外し、隠した。
丁寧に服を畳み、里奈の待つシャワールームへと入って行く。
(半年振りの里奈の全裸か……。まさかこんな形でまた拝む事になるなんてな……)
俺は広いシャワールームで里奈の裸体を眺めながら――――たった一度っきりの情事を思い出していた。