観察
今朝、俺は目覚めた瞬間、今いる自分の場所を確かめた。
しかし、寝る前と同じベッドの上で目が覚めた。
(という事は、森は犯人じゃ無かったという事か)
流石に少し落ち込んだが、すぐに次の『ターゲット』を模索し始めていた。
残り6日。
迎えの船が着くまでは、どちらにせよここから出る事は出来ない。
万が一この中に『犯人』が居なかったとしても、それはここから出てから考えれば良い事。
(その時には、多分俺は全員を殺しているのかも知れないがな……)
俺は思考をリビングに居たメンバーに移す。
俺は一人一人のメンバーの表情を注意深く観察していた。
廣田が隆司の質問に答えなかった点が一番の疑問点ではあったが、新聞記事では『Aさん』としか記載されていなかった。
わざわざこの大事な選挙戦の時期に『第一発見者』を名乗り出る事の方がおかしいのかも知れない。
次に意外だったのは理佐の態度。
あのプロジェクトメンバーの中でも理佐は森の行動に唯一理解があったメンバーだと言える。
俺や隆司や信太郎が部長のいない間に愚痴を言うと、それをすぐに静止させた。
『貴方達は部長の立場に立って物事を考えた事があるの?』
これはいつも理佐が言っていた口癖のようなものだ。
最初にこの言葉を聞いた時は『部長と理佐は不倫している』などと本気で勘繰ったものだが、どうやらそういった関係は無いらしかった。
そんな理佐の口から『死体と一緒に6日間も!? ふざけないでよ!』という叫び声が漏れたのはどういう事なのか。
非常事態だったから?
それにしては気が動転し過ぎてはいないか?
あれだけ尊敬対象として庇護してきた上司に対し、『死体』と言い張った理佐。
間違ってはない。が、いくら何でも態度が変わり過ぎな気がする。
それともさっき隆司が言っていた、俺の通り魔殺人と部長の死を関連付けているのだろうか?
だとしたらその理由は?
まだ通り魔殺人の犯人が捕まっていないからか?
ならば隆司も理佐もその犯人が何かしらの方法で部長まで『殺した』と思い込んでいるのだろうか?
(もしそうだったとしたら……)
(……あいつらは、この中に通り魔殺人の犯人が居ると考えている。もしくは……)
俺は里奈の背中を擦る手を止める。
(何者かに自身が『報復』される事を怯えているのかも知れないな)
その後、森の遺体は屋敷の裏手にある、今は使われていない冷氷庫と呼ばれる場所へと運んだ。
当然恰幅の良い森を保乃が一人で運べる訳も無く。
隆司、信太郎、そして原口の3人掛かりで2階から中央階段を抜け、中央扉から外に出て裏手に回り、冷氷庫に布団を敷き、寝かせる事にした。
「……まさか、数年ぶりに開けた冷氷庫をこんな形で使用する事になるとは……」
ポツリと呟いた保乃の言葉に一同が気を沈める。
俺は傍らでその様子を伺った後、すぐ自室へと戻った。
ポットから珈琲を注ぎながらも思考する。
残る容疑者は7名。
やはりこの中で容疑が高いのはあの3人だろう。
國枝隆司。
津田信太郎。
渡邊理佐。
ではこの3人の中で、一番可能性が高いのは?
俺はあの夜の事を思い出す。
薄暗い裏路地。
頼りなく照らされる街灯。
そして、唯一見ることの出来た犯人の足元。
あの特徴的なスポーツシューズ。
あれは女物のシューズでは無いだろうか。
犯人は確実に俺を殺すつもりで何度も何度も鈍器で殴った。
明らかな殺意を持っていた事は確かだ。
俺が犯人の足元を見ていようが居まいが、死んでしまえばそんな事は他者にはばれるはずも無い。
ならばあのシューズにダミーを仕込んでおく事も無い。
男なのに女のふりをして女物のシューズを履く理由は無い。
俺は『渡邊理佐』を中心に観察する事を決めた。