平穏
俺は思考を一旦中止し、鉄格子のある窓から外を眺める。
庭には既に荷物を部屋に置いてきたのだろう。あの居酒屋に居た『原口浩平』と議員候補の『廣田大輔』が談笑しているのが見えた。
沖の方に視線をやると、俺達を送り届けた客船が岸から離れていく様が見えた。
(さてと、問題はどうやって『犯人』と断定するか、だな……)
俺はスカートの裾の裏に仕込んであるナイフを取り出し日の光に当てる。
自分でもどうしてか分らないが、ナイフを眺めていると気持ちが落ち着いてくるのが分る。
神経が研ぎ澄まされ、思考も冴え渡る感じがする。
(……そう言えば昔から好きだったよな……工作とか彫刻刀を使った授業とか……)
昔の懐かしい記憶を思い出しながらも、俺は思考を元に戻す。
森の『アリバイ』については既に調べは付いていた。
一週間の準備期間の間に探偵に依頼し、あの日、森は会議が終了し会社を出た後、自宅に帰宅したのは深夜の2時ごろだったらしい。
その間の足取りは不明。
探偵は『何処かで酒でも飲んでいた可能性』を示唆していたが、アリバイが立証できなければ当然容疑からは外せない。
何よりも現状で一番『犯人』である可能性が高い。
(アリバイが無い。が、動機はある。後は……あの『シューズ』か)
あの日、俺は犯人の『顔』は見ていないが、スポーツシューズを履いた犯人の『足元』は確認している。
(森があんなシューズを履くのだろうか。それとも犯行後に現場から逃げ出すのに革靴が不利だと判断し、事前に履き替えたか……)
それならば予め殺害を計画していた事になる。
森はあの会議が終わった後、俺を殺害する決心を固め、そして何処かで『シューズ』と『鈍器の様な物』を購入し、計画的に俺を『殺害』したのだろうか。
夕食の時間になり保乃からの呼び出しが掛かる。
俺は中央階段を下りる最中、後ろから里奈に声を掛けられた。
「ど〜お〜? 少しは課題進んだ〜?」
少し赤い顔をしながら里奈は俺に声を掛ける。
「松田さん……お酒、飲んだでしょ?」
里奈から微かにアルコールの匂いが漂っている。
「あれれ〜? ばれた〜? そうなのだよ〜。ちょっと津田さん達とテラスでね」
(…という事は信太郎や理佐らも一緒だったか)
懇親会も兼ねて4人で2階のテラスで食前酒と言った所か。
「そう……。あ、もしかして『森さん』っていう方も一緒だった?」
「んん?『森さん』……? ううん、あの船の甲板で会った3人だけだったよ」
(森は一緒じゃ無いか)
そう言えば船で挨拶を交わした時も表情が優れない様子だったし、ここに到着してからも姿を見ていない。
(部屋に閉じこもっているのか?)
「ごめん、松田さん。先にリビングに行ってて貰えるかしら?」
「ほえ? 有美子は〜?」
「うん。ちょっと忘れ物」
中央階段を真ん中くらいまで降りていた俺は里奈にそう告げて踵を返した。