思考
「お帰りなさいませ、お嬢様」
保乃に迎えられ俺は珈琲を頼みいつもの書庫へと足を運ぶ。
「最近は良く書庫に居られる様ですが……何か調べ物ですか?」
部屋に向かう途中で保乃が声を掛けて来た。
「え? ……ええ。もう明日から夏休みでしょう? 早めに課題をやっておこうと思ってね……」
「左様でしたか」
綺麗なお辞儀をした保乃はそのまま台所へと消えて行った。
俺はその後姿を見送り、自室へと向かう。
(ここに入り浸るのも疑いを掛けてしまうか……)
あの田村保乃とかいうメイドは色々と鋭そうな雰囲気を持っている。
流石に正体がばれるという事は無いだろうが、用心に越したことはない。
書庫の扉を開けると、もう夏だというのにこの部屋はひんやりとしていて本の独特な香りで包まれている。
特に冷房を付けている訳では無いのにこれだけ涼しいのは、この書庫が日の当たらない半地下室のような形になっているからだろう。
俺はいつもの木のテーブルに座りノートとボールペンを取り出す。
20XX/07/12
【容疑者/容疑理由/その他】※改訂※
@國枝隆司/プロジェクトの主導権の奪取?/会社の元同僚
A渡邊理佐/プロジェクトの主導権の奪取?/会社の元同僚
B津田信太郎/プロジェクトの主導権の奪取?/会社の元同僚
C森勇作/会議の議論での論破による逆恨み?/会社の元上司
D廣田大輔/第一発見者=犯人の可能性?/欅党の新人議員候補
E原口浩平/酒に酔い潰れる隙を伺い殺害?/落し物の免許証で判明
F守屋茜/酒に酔い潰れる隙を伺い殺害?/居酒屋の常連
G松田里奈/捨てられた恨み?/元彼女
ボールペンを置き、ノートを閉じる。
そして、思考する。
容疑者リストは作った。住所も明日中には全て判明するだろう。
この中に俺を殺した『犯人』が居たとして、どうやってその証拠を見つけ出し『報復』する?
静かな書庫にノックの音が響き、思考を停止した。
「どうぞ」
ドアが開き保乃が珈琲と茶菓子を盆に乗せ室内への階段を下りてくる。
(とりあえず、今は珈琲を飲んで頭を休ませよう。物事の整理には珈琲が一番だ)
俺はここ数日で覚えた大学生のあどけない笑顔で保乃にお礼を言った。