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「かんぱーい!!!」
四人の声が綺麗に重なって、この間と同じ店でささやかなクリスマスの食事会が始まった。
「この間は中途半端になっちゃったけど、今日はたっぷり騒ごー!!」
未来虹ちゃんがジョッキを持ち上げ、叫んだ後にぐいっと一気に飲み干した。
「未来虹ちゃんかっこいいよー」
そう言って拍手する翔。俺と向かいに座る上村さんも一応拍手するものの、二人とも表情は苦笑い。
「未来虹ちゃん、無茶したら駄目だよ?」
上村さんがおずおずとそういうものの、未来虹ちゃんはさらりと笑い飛ばして二杯目を注文する。
「よし、オレも未来虹ちゃんに付いていくよ」
馬鹿なことを言って翔も一杯目のビールを胃に流し込んだ。
「翔ちゃん、素敵」
「未来虹ちゃんも!」
手を取り合う二人。早くも駄目な二人になりつつある。
「テンション高いですね、二人とも」
上村さんは大根サラダを食べながら、その二人を笑顔で眺めている。
「ま、毎度の事だけどね」
俺の言葉に上村さんも、そうですねと頷いた。
「何? 二人で内緒話?」
翔がくるりと振り向いて寄って来た。手に持っているグラスは既に三杯目だ。
「うるさいよ。お前は絡み上戸か」
「大和はひなのちゃんのこと、お気に入りだもんねぇ」
「なっ、お前何言ってんだよ」
「照れるなよ。オレは照れないで言えるぞ。未来虹ちゃんが好きだー!」
叫んでグラスを一気に空ける翔。
「私も翔ちゃんが好きぃ!」
再び手と手を取り合う二人。
(付き合ってられんな)
ジョッキを空け、ふと上村さんに視線を向けると、いきなりの爆弾を食らわされ、顔を真っ赤にして俯きつつ、ちらちらと俺のほうを見ていた。
(いやいや)
そういう視線を送られると、こっちも恥ずかしくなってくる。
「あの、私……」
「ねえねえ、大和さんは卒業後の進路とか決めているんですか?」
上村さんが何か喋ろうとしたところで、未来虹ちゃんが割り込んできた。
「ん?」
「来年、四回生ですよね? その後の事とかって、考えているんですか?」
「多分、新月堂にいると思うよ。俺、あの店好きだし」
「ずっとバイトで?」
「うーん、伯父さんが正式に雇ってくれれば、そういう立場からは抜けられるけどね」
残念ながら、今のところ伯父にそういう話を持ち出されたことは無い。相変わらず値段のつけ方とかも知らないし、伯父は俺をバイトから格上げする気なんて無いのかもしれない。
「翔ちゃんは実家に帰るんだよね」
未来虹ちゃんは翔に視線を移して言った。
「うん、約束だからね。でも、きっと迎えに行くからね」
「うん、待ってる」
手を取り合って見つめあう翔と未来虹ちゃん。
(大袈裟な二人だ。でも、この二人なら大丈夫なんだろうな)
何となく、遠距離になって二人が別れてしまう絵が浮かばず、漠然とそんなことを感じた。
「未来虹ちゃんはどうするの? まあ、学生生活もこれからだけど」
「うーん、取り敢えずお菓子の腕とかは上げて行きたいです。お店とかもてたら良いなぁって思いますねぇ」
俺が尋ねると、未来虹ちゃんは少し考えるような仕草を見せた後でそう言った。
「それなら、専門学校とかに行けばよかったんじゃないの?」
「いえ、一緒の大学に行こうって、ひなのとの約束だったので。専門は卒業してからでも、行こうと思えば行けますしね」
そう言って、未来虹ちゃんは上村さんの腕をぐいっと引っ張った。上村さんは恥ずかしそうだったけど、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「で、ひなのちゃんは?」
翔が尋ねると、上村さんは躊躇いがちにおずおずと口を開いた。
「実は、小説を書いて賞などに応募してみようかな……と」
「おおー、学生小説家!」
翔がはやすと、慌てて上村さんはパタパタと顔の前で手を左右に振った。
「いや、そんなのは……。ただ、自分の実力を試してみたいなぁと」
恥ずかしげで、たどたどしいけど、はっきりとした決心を感じる言葉だった。
「ひなのなら行けるよぉ。私、応援しちゃうから」
ぶんぶんと掴んでいる上村さんの腕を振りながら、未来虹ちゃんはまるで我がことのように喜んでいる。
「うん、ありがとう」
腕を振られながら、上村さんも嬉しそうに言った。
「俺も、応援してるよ」
「あ、ハイ……。ありがとうございます」
上村さんはにっこりと笑って俺にそう言ってくれた。俺はその笑顔を真正面から見て、不覚にも胸の高鳴りを感じてしまった。それは、今までで一番可愛らしい笑顔だった。
「それじゃねー。メリクリ」
「またね、ひなの。大和さんその子をよろしくお願いします」
翔と未来虹ちゃんは腕を組み、雑踏の中に消えていった。店の前に残される俺と上村さん。消えていく二人の背中を見ながら、二人で暫く立っていた。
「二人とも、幸せそうですね」
「ああ、あそこまでやられると、返って清々しいよ」
「ふふ、そうですね」
店を出たところで、上村さんはそろそろ帰ると言った。俺もそれに同調したので、お開きとなった。
この間の食事会が中途半端だったことに、ちょっとわだかまりを感じていたのだろう。未来虹ちゃんの企画でクリスマス・イブにわざわざ食事会をもう一度開いてくれた。けど、やっぱり二人で過ごして貰った方が良いのではないか。翔と未来虹ちゃんが同時に席を立ったときに上村さんにそう持ちかけられ、俺は即座に同意した。
実際、翔は少し嬉しそうな顔が見えた。酒のせいもあるんだろうけど、分かり易いやつだ。
「それじゃ、帰りましょうか」
「……ああ」
俺達は並んで駅に歩き始めた。
「もう、応募する賞とかは決めたの?」
「いえ、まだ……。本を見たりとかして調べています」
「そっか。応募するのは、この間の?」
「いえ、新しいのを書こうと思っています。森宮さんに読んで貰った時から、何だか小説を書きたい気持ちが湧いてきたんです。ストーリーも幾つか思いついたし。本当にありがとうございます」
上村さんはそう言って立ち止まり、ぺこりと頭を下げた。
「いや、俺は何もして無いよ。その気持ちは上村さんの中から湧いてきたんだから、最初からあったんだと思うよ」
俺に小説を見せようと思ったときに、上村さんの心の封印は解けていた。ただ、それを実感するのに少しだけ時間がかかっただけ。そういうことだと思う。例えば、暗いところから急に明るいところに出たときに一瞬目が眩んで、それから徐々に慣れていく。そんなものだったんじゃないかと思う。
「でも、やっぱり真面目に向き合ってくれたおかげです」
「そう言って貰えると、光栄だけど。俺の方こそ、素敵な小説を読ませてくれてありがとう」
「そんな、光栄です」
二人で少し笑って、それからまた歩き始めた。その時、空の上からちらりと白いものが舞い落ちてきた。
「あ、雪ですね」
「本当だ。道理で冷えるわけだ」
白い雪がちらつく道。二人とも黙って少し歩いた。こちら側は結構賑やかなので、まだまだ人通りもそこそこあり。その大半がカップルで、傍目からは俺たちもそう見えているのか、なんてことを考えてしまう。
「あの、また小説を読んで貰えますか?」
不意に上村さんが言った。
「もちろん」
俺は即答して頷いた。
「じゃあ、頑張って書きますから、楽しみにしていて下さいね」
そう言って、上村さんは力こぶを作るような仕草をしながら、にっこりと笑った。