21
翌日、伯父は元気を取り戻していた。和室に座って、湯飲みを抱えている姿は一緒だけど、その雰囲気や顔つきは、ここ数日とは打って変わって明るい。
「今日は元気なんだ?」
「ああ、色々と悩みが取れてね。大和もありがと」
そういう伯父の口調はすっかりいつも通りだった。
「そういえば、昨日佐々木さんが凄い勢いで店の方に歩いていくのを見たけど、それも関係ある?」
「ああ、まあね。うーん、もう隠すようなことでもないかな」
そう言って、伯父はここ数日のことを話し始めた。
「そもそもきっかけは、彼女が原稿を取りに来たときのことなんだ。なんだか悩んでいるようだったから、聞いてみたんだよ」
「ああ、それでいつもより長かったのか」
「そうそう、いまいち要領を得ないから、じゃあ今度ゆっくりって言ったら、本当に一日空けてくれって言われてさ」
「で、店を休んだと。俺に電話かけてきた日?」
「そうなんだよ。そしたら、まあ、簡単に言うと家庭のことで悩んでいるって言ってね」
言いながら伯父はお茶を一口啜る。
「ま、旦那さんが子供が欲しいって言ったらしいんだよ。そうすると、いずれは仕事を休まなきゃならないからねぇ。どうも彼女はそれが嫌みたいでねぇ」
「ははあ、バリバリのキャリアウーマンだしね」
「ま、それだけじゃないんだけどね。彼女も色々と苦労して今の立場にいるからねぇ」
「で、伯父さんはなんて言ったの?」
「旦那さんが望んでいるなら、いいんじゃないのって。高齢出産は辛いらしいよって、言っちゃったんだよねぇ。変わりに来る担当さんとも仲良くしとくからって、まあ最終的にはこれが余計だったんだけど」
「……というと?」
「つまり、彼女は自分無しで会社が動くのが嫌だったんだろうね。こっちは親切で言ったつもりだったんだけど、ものの見事に逆効果でねぇ。物凄く怒っちゃって。まあ、色々ときついことを言われちゃってね」
きついことの詳細はあまり言いたくないようだった。まあ、あれだけ呆けている姿を見せられると、わざわざ聞かなくとも相当に堪えたのだろうということは分かる。
そして、あの晩、酔っぱらっていた佐々木さんが言っていたこともすべて理解できた。
「だけど、昨日わざわざ謝りに来てくれてねぇ。カッとなって言い過ぎたって。彼女、泣いちゃってね。とんでもない事したって。ただまあ、僕も向こうの事情を知らずに無神経なことを言っちゃったわけだし、それでチャラにしようってね」
実に伯父らしい終わらせ方だ。伯父は佐々木さんが好きなのだろう。異性としてではなく、どっちかと言うと妹とか娘とか、そういうような扱いをしているような気がする。だからこそ、許せてしまうのだろう。何となく、そう思った。
「そうそう、君にもゴメンねって言ってたよ。絡んじゃってって」
「ああ、はい。分かりました。気にしなくていいのに」
「まあ、旦那さんとも話し合ってやっぱり子供は欲しいみたいなので、考えてみるって言ってたなぁ」
「佐々木さんは、子供嫌いなの?」
「とんでもない。姪っ子を可愛がりすぎて、甘やかし禁止令が出されたほどの子供好きだよ。だから、本人も欲しいんじゃないかな。板ばさみって奴だねぇ」
「はは、大変なんだね」
「うん、何とかしてあげられると、良いんだけどねぇ」
伯父はそういった後で、残っていたお茶を飲み干した。
「さてと、それじゃあ今日から本格復帰ってことで、遅れた分を取り戻さなくちゃ」
一つ伸びをしてから伯父はそう言って立ち上がった。
「何かあったら呼んでよ」
「了解」
仕事場へ歩いていく伯父を見ながら、俺はなんだかほっとした。
静かになった店の中で、俺は一つ息を吐いた。ここの所、妙に色々とイベントがあったような気がする。しばらくは静かに過ごせるといいな。そんな事を考えた矢先だった。
「ハロー!! マイ、フレンド」
珍妙な英語で挨拶をしながら店に入ってきたのは翔だった。いつもどおりのラフな格好で、何故かサングラスをしていた。
「元気? 今日もいい天気だよね」
サングラスを外して翔は俺に向かってウインクした。こんなに気持ちの悪いものを見たのは久しぶりだ。
「確かにそうだが、俺はあんまり元気じゃなくなった。帰っていいぞ」
「いやいや、来たばっかりだし」
「店で騒がれると、他のお客さんのご迷惑なのです」
「誰もいないじゃん」
「………」
それはそうなのだが、せっかくしずかに過ごしたいと思った矢先に、知り合いの中でも煩いナンバーワンに出会ってしまったのだ。ウンザリもしようというもの。
「用は?」
「うん、実は暇なんだ」
「俺は忙しいんだ。帰れ」
にべもなくそう言って、俺は文庫本に目を戻した。
「実は用事があるんだよ」
「帰れ」
「クリスマスイブは暇だろ?」
「……その決め付けが不愉快だ。黙秘する」
「未来虹ちゃんがさ、また四人で食事しようよって」
人の話を聞かず、一方的に用件を伝えてくる翔。
「ひなのちゃんはオッケーだって。大和もオッケーだよね」
(どうせ暇だし、一人で過ごすよりは多少賑やかなほうがいいかもしれない)
「……わかった。何時にどこだ?」
「六時に駅の北側」
「つい最近、同じ会話をした記憶があるな」
「デジャヴュだね。実はオレもそう思ったんだ」
俺と翔はふと顔を見合わせてそれから同時に首を捻って笑った。