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翌日の昼過ぎ、俺は相変わらず新月堂のカウンターで丸椅子に腰掛けていた。
街のクリスマス色は日増しに色濃くなってきている。ショーウィンドウに白いスプレーで絵を描いてくれと申し出があったけど、丁重にお断りした。描かせてくれならともかく、描けとか面倒でしかない。ついでだからリースを外して行けと言ったら、それは逆にお断りされてしまった。
「……と言うわけでさ」
俺は昨日の出来事を和室で茶を啜っている伯父に話し終えた。
「そりゃ、大変だったねぇ」
「ま、結局そのままの流れで解散になっちゃって」
「それじゃ、家まで送って行ったりしなかったのかい?」
「一応、申し出たけどね。断られたよ」
「そうかぁ。残念だったねぇ」
含みのある物の言い方。何が言いたいかは分かるし乗っからない事にする。
「元気になってくれればいいんだけどね」
「そうだねぇ」
話題が膨らまなかった事について、ややつまらなさそうな伯父の気配は感じる。そこで気を遣うほどに出来た人間でもないのが俺だ。
「それにしても、よっぽどの事がその会話の裏側にはあったんだろうね」
そう言って伯父はお茶を啜る。初対面みたいなものだし、知らないことだらけで当たり前と言えば当たり前なのだが。だからこそ、あのような深刻っぽい場面を見せられると余計に心配になるというか、対処に困る。
「ま、なんせよ昨日はすみませんでした。急にお休み貰っちゃって。仕事、進まなかったでしょ」
「ん、店、開けなかったよ。臨時休業」
そう来たか。なんて店主だ。
「いいの? 困った人がいたかもよ」
「大丈夫だよ。常連さんはその辺分かってくれてるし、ご新規さんもここ数ヶ月で、その上村さんぐらいだろうしねぇ」
返す言葉が無かった。そりゃあそうだろう。好きでやっている。いわば趣味の館みたいなものだ。定休日だってないのだから。
「さて、それじゃ、仕事に戻ろうかな」
お茶を飲み干して、湯飲みをちゃぶ台の上に置いた伯父はそう言って一つ伸びをした。
「こっちは仕事じゃないの?」
「あはは、そうだね。頼りにしているよ、大和」
よろしく、と片手を挙げて部屋を出て行った。何の気なしに言ったのだろうが、頼りにしているという言葉が少し嬉しい。
伯父が出て行くと途端に静かになる。
売り上げがまるで無いのも毎度の事だが、それでも普段なら一人か二人は店の中を覗きに来るものだ。この客足の鈍さは、クリスマスが近いからか、あるいはスプレーアートを断ったことによる商店街の陰謀か。
しばらくは陳列棚を整理したり、平積みになっている本を崩れないように積みなおしたり、埃を落としたりとしていたのだが、すぐにすることが無くなってしまった。そもそも、本が動いた形跡がないので、整理もへったくれもない。その分埃は溜まっていたけれど。
ぼんやりとしているのにも限界がある。俺は新しく持ってきた文庫本を読むことにした。
ストーブを足元に引き寄せ、茶の支度もする。茶菓子があれば尚良いが、立場上あまりにフリーダムなのもいかがなものか。
「仮にも店員だしな」
独り言をこぼし、ページを捲った。