17
「今日は店番するよ」
伯父がそんなことを言い出したのは昼過ぎのことだった。
本棚の物色をしながら、のんびりと店番をしていた俺は突然の申し出に面食らった。
この間は作風を変えたいと言い出すし、今日は店番すると言い出す始末。スランプとやらの程度はなかなかに酷いようである。何をするにしてもどことなく上の空だし、奥に引っ込んでいても、仕事なんて手についていないのだろうか。
だからといって、駄目です仕事してくださいと言える雰囲気でもなかったので、俺はその言葉に甘えることにした。
「夕飯はどうするの?」
「はは、どうしようねぇ」
弱々しい笑顔が見える。
(こりゃ重症だな)
このまま放って置くと、餓死死体が出来上がりそうだ。俺はうっかりそれを想像してしまい、ひどく切ない気分になってしまった。
「分かった。閉めるころにまた来るよ」
「うん、ごめんねぇ」
そう言いつつも、伯父の表情には生命力の影も見当たらなかった。
何があったかは分からないが、今日はそっとしておいた方がいいだろう。俺は小さくため息を吐きながら、エプロンを外して和室の隅っこにかけているハンガーにかけた。それから自分の荷物を持って、改めて店の入り口から外に出た。
外は少し曇り空。随分と寒い。
クリスマスプレゼントにお勧めの品。クリスマスセールの看板。リースにスプレーのサンタクロース。店頭に飾られたツリー。商店街の軒先には、そんなものがずらりと並んでいた。クリスマスまであと二週間。デパートや繁華街に負けてなるものかと、こちらも必死のようだ。
どう見ても商品のラインナップとかの時点で負けているんだけど。電車でたった二駅しか繁華街との距離は無い。休みともなれば、みんなそっちへ流れてしまうのは仕方の無いことなのかもしれない。
それでもこの商店街はまだ人が来ているほうだろう。世の中にはシャッター街になってしまった商店街だってあるのだから。
「大和さーん」
背中から大きな声が飛んできた。振り返ると、派手な黄色のジャケットに身を包んだ未来虹ちゃんが手を振っている。その隣には、深い緑色のコート姿の上村さんが恥ずかしそうに立っていた。どうやら、無事にわだかまりも解けたらしい。
「どうも、こんにちは」
近寄ってきて、ぺこりと頭を下げる未来虹ちゃん。上村さんも隣で頭を下げている。
「二人でお出かけ?」
「ええ、大和さんに会いに来たんです。丁度出て来る背中が見えたんで、追いかけてきました」
未来虹ちゃんはそう言って、ほっと息を一つ吐いた。言われてみれば、二人のほっぺたは少し赤くなっているし、息も若干速い。
「それは良いタイミングだったね」
「本当ですねぇ」
「それで、俺に何の用?」
尋ねると、未来虹ちゃんは隣に立つ上村さんを肘でつんと突いた。」さんは、しばらくもじもじとしていたものの、やがて決心を決めたように一つ深呼吸した。それから、もっていたバッグの中からA4サイズの封筒を取り出した。
「これ、私が前に書いた小説です。良かったら、読んでみてください」
そう言って差し出される封筒。受け取って中を覗いてみると、なるほど結構分厚い紙の束が入っていた。なかなかの大作っぽい。
「ちゃんと、感想も言ってあげてくださいね」
「いいの? 無理しなくても良かったよ」
この間、未来虹ちゃんから聞いた話を思い出してそう言うと、上村さんは小さく首を振った。
「大丈夫です」
「この子、飲み会の次の日も本当は小説を持って行ってたんですって」
(そうだったのか)
栞を取りに来ただけかと思って、そんなことには気付かなかった。
「でも、店に入ったら急に恥ずかしくなったんですって。それに、急に知らない人が入ってきたからって」
未来虹ちゃんが困った娘なんです、とでも言いたげな口調でそう言うと、上村さんは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「ああ、あの日は佐々木さんが突然入ってきたからなぁ」
「はい、びっくりしちゃって。逃げたみたいですみませんでした」
改めて頭を下げる上村さんに慌てて手を振った。
「いいの、いいの。気にしなくて。あれはあの人の無神経さが悪いんだから」
「はい……あの、ありがとうございます」
「それじゃ、これは確かに預かるよ。えーっと、読み終わったら連絡したら良いかな?」
「あ、はい。一番最後のページに、私のスマホの番号を……」
消え入りそうな声で上村さんはそう言った。
「そう。じゃ、俺の番号も教えておくよ。かけた時に分からなかったら困るから」
「あっ、そうですね、はい」
上村さんはスマホをいそいそと取り出した。
「やったじゃん」
未来虹ちゃんが隣でからかう。ディスプレイに自分の番号を表示して上村さんに見せると、上村さんはせっせとそれを入力し始めた。
「あの、そんなことしなくても、大和さんがひなのにワンコールすれば良いんじゃ……」
未来虹ちゃんは原始人でも見るかのような目つきで俺達のやり取りを見ながらそう言った。
「あ、そうか。しまったな」
「あ、大丈夫です。もう、入れ終わりましたから」
なにやら基本的なことを指摘されて、俺も上村さんも思わず赤面してしまう。何と無く笑いながら、スマホをポケットに押し込むと、上村さんも笑いながらスマホを鞄にしまいこんだ。