10
佐々木さんが戯れに入れた茶々のせいで、話が中途半端になってしまった。
(せっかく色々と話をするチャンスだったのに)
よくよく考えてみれば、俺は上村さんの携帯番号とかを知らない。先日、本を売りに来た際に記入して貰った買取票に書かれていたのは自宅の番号。単に話がしたいだけなのにこの伝票を利用するのは如何なものか。
分からないものは仕方ないので、俺は諦めて本の続きを読むことにした。どうしても連絡を取りたければ、未来虹ちゃんに聞けばいいだろう。それに、彼女はまたきっと来てくれる、と言う予感めいたものも感じていた。
(そういえば)
栞にされていた桜の事も上村さんなら知っているはずだ。また機会があれば、そのときに話を聞いてみよう。
そんなことを思いつつ読書を再開する。しかし、静かな店内はそう長い間続かなかった。
十分と経たずして、再び入口のドアは開かれた。
「よお」
幾分、沈んだ声でそう言いながら翔が入ってきた。元気がない翔と言うのは俺の記憶の中に存在しない。それ故、かなり不気味ではある。
「いらっしゃい、随分おとなしいな。珍しい」
「昨日はごめん。あんなことになるとは……」
「いいさ。別に気にしてないし。さっき上村さんも来てたぞ。元気そうだったけどな」
「そう。それは良かった」
余計な茶々を入れることなく、と小さく安堵のため息をつく翔。いつもの脳天気さが無いと、何となく今すぐにでも死ぬんじゃないかと思ってしまう。
「未来虹ちゃんがさ、落ち込んでんだよ……」
「上村さんのことで?」
「うん」
昨日の様子からすると、色々事情を知っているみたいだった。
「何があったんだろうな」
「わからん。ひなのちゃんとは昨日が初対面だし」
それなのに昨日の段階で既にひなのちゃん呼び。翔のこういう垣根の無さは凄いと思う。
「そうなのか。じゃ、未来虹ちゃんに聞いてみるしかないな」
俺の言葉に翔はまた一つため息を吐いた。
「オレも色々聞こうとしたんだけどね。話してくれないんだ。あんまりぺらぺら話すようなことじゃないって」
「何でも喋ってる仲っぽいのにな」
俺の返答に翔は困惑気味に苦笑いを浮かべた。
「こんなこと初めてなんだよ。ただ、小説の話をしていた時のひなのちゃんは本当に素敵だったってさ。だから、早く戻って欲しいんだってさ」
「そっか。事情は人それぞれだなぁ」
「そりゃ、分かってるんだけどよ……」
そこでまたため息。ため息を一回着くと、幸せが一つ逃げると言う。なら今の翔は不幸せの階段を転がり落ちる青年と言ったところか。
「でも、やっぱりすっきりと納得は出来ないな」
「やっぱ、そう思うか?」
俺が頷くと翔は少しほっとしたように笑顔を見せた。
「未来虹ちゃんと話しても、さっぱり納得行かなくてさ」
どうやら元気の無い原因は未来虹ちゃんが心配だっただけではないらしい。翔は翔なりに事態を収拾させる糸口などを模索していたのに、結局肝心な部分が抜けているから不満だったわけだ。相手が未来虹ちゃんであるからこそ、どういう事情であれ、頑なになられるのが辛いという事なのかもしれない。
「うん、やっぱり説明してくれるように言って見るよ」
「ま、頑張れ」
「悪いな、辛気臭い話ばっかりしちゃって」
「いいよ、別に」
(珍しい物も見れたし)
「ありがとう」
そう言って翔は店を出て行った。少し顔つきが明るくなっていたような気がした。まあ、あいつの気が晴れたのなら、何よりだろう。元気なときは煩いけど、ああして静かなのを見てしまうと、やはりいつも方がましだと思う。